第6章「道場を守れ」【5】
呆然と立ち尽くすはザップル。
ところが勝者エルスは、床に片膝をついていた。
ザップルは彼を見下ろしている。
いつまでたっても立ち上がらないエルスを不審に思った青年が近寄った。
「大丈夫ですか、エルス君?」
ゼオンも不思議な表情で見守っていた。
「身体の力が抜けてしまって…手伝ってもらっていいですか…」
普段何人もの相手をして、疲労困憊のエルスは幾度も見てきた。
しかし青年も、立ち上がれないなどという彼を見るのは初めてであった。
肩を貸してエルスを持ち上げる青年だったが、確かに身体中の力が抜けているように思われた。
「どうした、おい?」
ゼオンの横に座らされたエルスだが、真っ直ぐ座っているのも難しいようだ。
仕方なくゼオンが、自分に近い方のエルスの肩を掴んで支えてやる。
「何が起きた?」
「ステムさ…」
「何? 誰?」
「ホミ…レート…の町…で…ステムさん…と…戦った…時と…同じ…」
「あーん…勝ったのにバッタリ倒れたってやつか」
それからエルスはぽつりぽつりと話し始めた。
途切れ途切れなので時間がかかるが、ゼオンは辛抱強く耳を傾けた。
ザップルと小気味良く木剣を撃ち合ううちに、妙な自信が湧き上がってきたのだとエルスは言った。
剣の速さを上げてもピタリと合わせてくる相手に対しても、勝てる、と確信していたのだとか。
全身が、剣を速く撃つ為に、その為だけに存在するかのように、その為ならいくらでも身体が軽くなるようで、だからザップルが追いつけない速さで撃てたのだと。
ただ、それが終わった途端、力を使い切ったように身体が沈んでいったらしい。
「でも…今回は…倒れ…なかった…です…ステムさん…の時より…短かった…から…かも…」
「普段よりよく喋るな」
結局のところ、ゼオンの感想はソレだったのだが、とにかくエルスはとんでもない技を使えるようになったのか、とも。
何がとんでもないかと言えば、エルスの身体が、自身の体力の残存量など考えずに使い切ってしまうところだとゼオンは理解した。
奥の部屋から道場主が飛び出してきた。
その顔は何とも晴れやかで清々しい限りであった。
もちろん、道場の評判が落ちたり、大金を払わなくてもよくなったからなのは間違いない。
「いやいや、まあ本当によくやってくれた! お疲れさん、今日の報酬はたっぷり払わせてもらうぞ!」
エルスとゼオンは、いつもの倍の額の給料を受け取った。
道場主にとってはこの程度なら安いモノだと、喜んで財布の紐を解いたのだ。
一方、敗者のタムタムとザップルはというと、この道場に入ってきた時と雰囲気は変わらなかった。
「あー、悔しーい! タダ働きだよお!」
「その話し方はやめろ」
負けたのだから当然だが、二人は余韻に浸るでもなく、道場を後にした。
興奮冷めやらないのは観客の方で、自分たちの近くにある道場は強いのだという、誇りのようなものを感じたのかもしれない。
しばらくすると、エルスは身体に力が戻るのを感じた。
ステムと戦った時よりも、ずっと早い。
多少よろつくものの、一人で立ち上がる事も出来た。
もちろん身体の疲れは残っているので、いち早く宿へ帰りたいところだが、観客たちに囲まれて、あれやこれやと質問攻めを受ける羽目となった。
ここではゼオンの一人舞台となる。
試合の時より大袈裟な動きで、タムタムとの戦いを振り返る。
それに観客が一つ一つ喜ぶものだから、ゼオンは更にノリノリで続けている。
その様子を青年は微笑ましく眺めていたが、道場主に後片付けをしろと命じられた。
「え…お前ら、負けたのか⁈」
素っ頓狂な声を上げたのは、件のマントの男であった。
隠れ家と思しき薄暗い空き家の中で、彼はフードを外してその真っ白な顔を覗かせていた。
彼の目の前にいるのは、別々の道場からやって来たはずの、タムタムとザップルである。
「あー、ダサいったらないよね。わざわざ本当の代表と変わってもらったってのに、二人とも負けちゃってさ」
タムタムの声はザムニワ剣術道場でのそれと比べると、二段ほど低かった。




