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第6章「道場を守れ」【4】

 ゼオンは青年の隣にどかっと座る。


「ゼオンさん、蹴られた箇所は大丈夫ですか、痛みません?」


「ああ、二発目はその時“ぐっ”となったけどよ、今は何ともねえ」


 試合に使われる正方形のマスを挟んだ反対側にいるタムタムを、ゼオンは睨んでいた。


「あんなのがいたなら、対抗戦もアイツを出せば良かったんじゃねえか? 少なくとも、ヌーパルより強いかもしれねえぞ」

「はい…あの速さを見たら、そんな気がしてきました」


 ゼオンの視線を感じたタムタムは、両手を大きく振って愛嬌を振り撒いている。


「だけど、あんな人に勝ったんですから、やっぱりゼオンさんは強いですね」


「お世辞はよせ。それより、これでザップルの野郎の尻に火が着いたって事だな」


 そう、タムタムが負けた事によって、ザップルは負けられなくなった。


 二人とも負けてしまうとザムニワ剣術道場から報酬を入手出来ず、手ぶらで帰る羽目となるのだ。


「そうですね、ずっと気合いが入っている事でしょう。でも、エルス君なら勝てますよ」


 そう言って青年は立ち上がった。


「これより第二試合、ゼオン対ザップルを行います!」


 観客から拍手が上がった。


 先程の試合で興奮したのか、拍手の音が大きくなっている。




「試合、始め!」


 エルスとザップルが剣を構えて対峙する。


 エルスが半歩、ザップルも同じく半歩、互いの間合いを詰めた。


 これで互いに腕を伸ばせば、木剣と木剣がぶつかり合う。


 第一試合と違い、二人とも静かである。


 しかし、いつまでも大人しくしていられては、困る。


 木剣を突き出したのはどちらが先だったか、少なくともゼオンには同時に見えた。


 硬い木同士がぶつかり合う、高音ながら心地良い音が道場内に響き渡る。


 それは一回では止まらず、何回も何回も続いていた。


「いいですね、互角といった所でしょうか」


「まだ小手調べだ」


 審判の役目を担う青年は立ったままだが、隣で座るゼオンの声は聞こえてくる。


 しばらく一定の拍子が続いていたが、急に調子が速くなる。


 それと共に観客の心が踊る。


 歓声が増えていく。


「お互い、相手の動きについて行ってるって事でしょうか?」


「ああ、まだまだ速度が上がる」


 そして、ゼオンの言う通りになる。


 木剣のぶつかる音はさらに速くなり、小刻みになっていく。


 それでもお互い、焦るような様子はまるで感じられなかった。


 それに合わせて、観客の気勢もますます上がっていく。


「もしかして、お客さんを楽しませる為に、なんて事はないですよね…?」


 するとゼオンは、かはっと笑い飛ばす。


「ザップルの野郎の考えは知らねえけど、エルスにそんな“おもてなしの心”があるとは思えねえな!」


「そ、そうですか」


「けどよ」


「…?」


「アイツも結構楽しんでんじゃねえか?」


 青年はエルスの顔を見た。


 普段の試合ではあんな顔はしていない。


 集中している事がはっきりと分かる。


 一拍でもズレれば、その瞬間勝敗がついてしまいそうだ。


 しかしエルスもザップルも、そんな気配は微塵も見せない。


「完璧ですね」


 もう一段上がった。


 上からでも斜めからでも横からでも下からでも、まるで試合が始まる前に打ち合わせでもしたかのように、呼吸がピタリと合わさっていた。


「すごい! すごい!」


 青年もこの撃ち合いに引き込まれ、興奮を隠せないようだった。


「いや、勝負つくのかよコレ?」


 観客が冷静になってきた。


 二人の木剣の動きに目が追いつかない。



 

 ザップルは今の段階が限界であった。


 おそらく相手もそうだろうと、彼は判断していた。


 この調子でどちらの集中力が先に切れるかの根比べだと予想している。




 だが、




 ザップルは見た、エルスの口角が僅かに上がった事を。


 エルスの速度が、更に上がった。


 ではザップルもというと、そうではない。


 彼はこれ以上上がらない、上げられない。


 ゼオンも驚いて膝立ちになっている。


 ザップルの木剣に攻める力はなく、ただひたすらに防御を貫くのみ。


「嘘だろ、おい…!」


 しかし、彼の必死の守りは長くは続かなかった。


 ザップルの木剣が弾け飛んだ。


「そこまで!!」


 間髪入れず、青年が止めた。

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