第6章「道場を守れ」【1】
ある日、一人の青年が道場の奥の部屋へ慌ただしく駆け込んでいった。
エルスたちが初めてこの道場を訪れた時、出迎えてくれたあの彼であった。
ただエルスは試合を始める所だったので、あまり気にかけてはいなかった。
いつものように道場の一画で参加者に立ち向かう。
この人物の顔は見た事がある。
きっと繰り返し来てくれているのだろう。
見覚えがあるくらいしか印象がないのは、試合があっという間に終わってしまうからだろうか。
「エルスさん!」
次の試合を待つ間を見計らってエルスに声をかけてきたのは、例の青年である。
「お話があります、ゼオンさんも」
まだ試合中のゼオンを待ち、二人揃った所で青年が話し始めた。
「お二人は、メイジー剣技館とユーバイ聖剣会をご存知ですか?」
「全く知らねえな」
ゼオンは即答。
「僕も知りませんけど、もしかしてこの町にある、あと二つの剣術道場ですか?」
頑張ってエルスは答えてみる。
「その通りです。僕が生まれるずっと前から、敵対という程ではありませんが、お互いに刺激し合って切磋琢磨してきた関係です」
「で、その連中がどうした?」
青年が顔を曇らせた。
「どうやらそこの人たちの目に入ってしまったようなんです、あの貼り紙が…」
エルスやゼオンとの試合に参加する者を募集する貼り紙の事である。
「何か問題でも?」
確かに、その貼り紙はザムニワ剣術道場の領域だけに貼られているはずで、他の二つの道場に文句を言われないように気を配っているのに、睨まれでもしたのだろうか。
「それが、ヌーパルさんじゃないっていうのが問題らしくて」
ザムニワ、メイジー、ユーバイの三道場で行った対抗戦で優勝したのがヌーパルである。
その彼との試合を求めて人が集まるなら良し、ところが現在はヌーパルの影も形も感じさせずに、どこの馬の骨とも分からぬ二人にやらせている事に納得がいかないのだとか。
「あくまで道場で腕を磨いた門下生である事が重要だって…」
ここの道場主にとっても寝耳に水だとか。
うちだけ繁盛しているから難癖を付けられたと憤慨しているらしい。
「確かに、めんどくせえ話だな。どうでもいい事であれこれ言ってくる奴は、どこにでもいるもんだ」
確かに、エルスも同意であった。
「それで、僕たちはどうしたらいいんですか? もしかして、クビですか?」
「いや! そういう訳でもなくて…」
しかし、道場主はどうしたのだろうか。
彼にばかり話をさせるのは、可哀想に思えてくる。
「明日、メイジーとユーバイから一人ずつ、代表が来るそうなんです」
「それで?」
「はい、それで、その人たちとお二人が試合をして、二人とも勝ったら、今回の件は不問にするのだとか」
「二人とも、ですか」
「そう、一人が勝って一人が負けて、では駄目だそうで。もちろん、二人とも負けるのは論外で」
もしもエルスたちが負けた場合、即クビなのはもちろんの事、これまで試合希望者から受け取った参加料の総額を、それぞれの道場に支払わなければならないのだとか。
「ずいぶんと厳しいですね」
だから道場主は怒って部屋から出て来ないで、この青年に全て任せているようなのだ。
不安なのは、その参加料の中からエルスたちにも報酬が支払われているのだが、それは一体どうなるのか。
今更返せとか言ってきたりしないだろうか。
「いいじゃねえか」
始めこそ渋い表情で話を聞いていたゼオンだったが、ここにきて目が爛々と輝いていた。
「問題は剣で決着をつける、いかにも剣術の道場らしくて面白い!」
その答えはいかにもゼオンらしい。
「何を無表情になってやがんだ、エルス。要は勝ちゃあいいんだよ」
確かに。
「俺たちは下の下とはいえ正規兵にも負けなしなんだから、心配いらねえって」
いや、待ってる人の中に正規兵がいるかも知れないのに、声が大きい。
「その代表ってのも、ヌーパルに負けた連中なんだろ、だったら楽勝じゃねえか」
ゼオンはゼオンなりに考えているようではあるが。
関わっている人間は皆、やる気でいるようだ、エルスを除いては。
こうなると、断りづらい。




