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第5章「テネリミの弟子」【10】

「すごいよ! だってこの人たちエルスとゼオンなんでしょ! 剣が強いって有名なんだから!」


 こんなに興奮している息子を見るのは一体いつ振りだろうかと、フガンは戸惑うばかりであった。


「なんだ、俺たちゃそんなに有名なのか?」


「そうだよ、この町の人なら皆んな二人を知ってるんだよ!」


 そこまでではない。


 かといってニルマの言う事がでたらめという訳でもない。


 エルスとゼオンの名が知られているのは、あくまでザムニワ剣術道場周辺の地域に限定されるのだが。


「名前は?」


「僕はニルマ、大人になったら僕も剣士になるんだ!」


「そりゃあ立派な心がけだ」


「僕は絶対ゼオンが好き! だって両手に剣を持ってさあ、カッコいいよね!」


「お、おう…そうか?」


「すいません、大事な休憩中に邪魔をしてしまって」


 十五歳のエルスにまで、フガンは深々と頭を下げていた。


「そんな事ないですよ。ニルマに褒められて、ゼオンさんは疲れが吹っ飛んだみたいですから」


 そこへ道場主が現れた。


「ひょっとしてハモリオ印刷所の人かい?」


「あ、はい、その通りです。本日はご依頼を頂き、誠にありがとうございます」


「ああ、そんなのいいから、こっちこっち」


 挨拶もそこそこに、フガンは道場主に引きずられるようにして、奥の部屋へ入っていった。


「忙しそうだね、ニルマのお父さん」


「どうかな」


「え」


「お父さんは仕事で失敗ばかりして、社長にいつも叱られてて。だからその穴を埋めなくちゃなんないから、結局自分で忙しくしてるみたい」


 寒風が吹き荒ぶようである。


 さっきまでの興奮はどこへ行ったのか、エルスは背筋が凍る思いがした。




「いやー、やっぱりお二人はすごいんですね。先程頂いたお仕事も、あなた方関連のものでしたよ」


「どういうこった?」


 フガンが受けた依頼は、大きな告知の貼り紙であった。


 その内容が、エルスとゼオンに試合で勝ったら、参加料で支払った額の倍を賞金として貰えるというもの。


「いや、そもそも金を取ってたのか?」


「ええ、その中から僕たちの給料が出てるんですよ」


 その為、参加料は値上げするが、その分見返りも大きくなるというもの。


「これを町中に貼るようです。ザムニワ剣術道場の地域ぎりぎりまで」


 他の二つの道場の地域にまでやってしまうと、後々面倒だからと。


 ただ、その貼り紙を見て他の二つの道場の地域の人が仮に来たとしても、それは仕方ないよね、ザムニワのせいじゃないのね、とは道場主の言葉だとか。


「ガメツイね」


「わわっ、ニルマ、それをここで言っちゃダメだって…」


 慌てて周囲を見渡し、道場の人間に描かれていないか確かめているフガンである。




 それとは別に、エルスとゼオンは顔を見合わせていた。


「こんな大々的にやっちゃって大丈夫でしょうか?」


「そうだな、俺たちだっていつまでこの町にいるか分からねえのにな」


 彼らがこの町を発つ日は未定である。


 全てアミネ次第なのだ。


「納期は急ぎ目ですから、張り切って印刷しなくちゃな」


 そうフガンはニルマに言うのだが、息子は心配そうにじっと見返していた。


「うう…今度こそは失敗しないからさ、安心しろよ」


「…うん」


 クビにならないようにしなさいとは、妻マニーサからもキツくお達しが出ている。


「僕、もう少しここで見学していくよ。ゼオンが試合をする所が見たいから」


 こうして一人道場から出ていくフガンの背中は、どこか寂しげにエルスの目に映った。


「家族からの信用が無いってのは悲惨なもんだな」


「そんなの、フガンさん本人には言っちゃダメですよ」


「それくらい、いくら俺でも分かってるって」


 しばらくして休憩が終わり、二人は午後の試合に臨む。


 既に彼らを待つ参加者が、列を成している。


 これなら別に広告など打たなくてもいいのではないかとエルスは思う。




 それから三、四日して、町にはザムニワ剣術道場の貼り紙があらゆる場所に登場する事となった。


 あくまでザムニワの領域で。


 町の掲示板はもちろん、酒場や大学、民家の壁にも。


 それは当然、あらゆる人の目に止まる。

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