第5章「テネリミの弟子」【9】
トミア国ウベキアの町。
呪術師のアミネは、古本屋で偶然見つけて購入して“しまった”『大いなる呪術』全十三巻を自身で解読する為、大学教授テキュンドの元で今しばらく勉強を続けていた。
彼女と旅を共にしているエルスとゼオンの剣士二人は、彼女がテキュンドからお墨付きをもらうまでの間、ひょんな事からザムニワ剣術道場へ通うようになった。
とはいえ彼らの目的は少々異質なもので、腕試しに訪れる者たちと朝から晩まで試合をする、というものだった。
元々その役目は、ウベキアに三つある道場間で行われた対抗戦で優勝したヌーパルという男が務めていたのだが、彼は腕に大怪我を負った為、それが出来なくなってしまったのだ。
怪我をさせたのが、ゼオン。
その代わりとして、エルスとゼオンが毎日道場へ通っているという訳である。
ヌーパルが怪我をしたのは秘密にして、エルスかゼオンのどちらかに勝てば、ヌーパルと試合をさせるという決まりにした。
連日何人もの相手をしなくてはならない二人だったが、彼らは連戦連勝、今の所負けなしであった。
ところがそのヌーパルという男、ある日を境に道場へぱったりと来なくなってしまった。
外でも見かける者が誰もおらず、ここウベキアからもいなくなってしまったのではないかと思われた。
さて困ったのは道場主である。
エルスたちに勝ったご褒美としてヌーパルと試合をさせるはずなのに、肝心の彼が消えてのだから。
今までは良かったが、この先も二人が勝ち続けられるという保証はない。
もしも負けてしまった時、どう言い訳をすれば良いのか、実に悩ましい所である。
今夜も負けなかったエルスだが、いつものようにぐったりと疲労困憊の様子で床に倒れ込んでいた。
ゼオンはその隣にどかっと腰を下ろす。
「段々同じ顔ばかりになってきたな」
「そうですね。一人、今日で四回目の人がいましたよ」
「顔だけじゃなく、流派まで同じだ。ほとんど正規兵なんだろうな」
「どっちでもいいですけど、これっていつまで続けなくちゃいけないんでしょうね」
「そりゃあ、もちろんアミネ次第だ」
彼らがヌーパルの代わりを請け負うようになった頃、冷やかし程度に私服の正規兵が何人か訪れた。
しかしエルスやゼオンに返り討ちに合い、自尊心を傷付けられた。
そもそも町に駐屯する正規兵の多くは、正規兵とはいっても下の下の者ばかりである。
優秀な兵は本城や大きな街に配属され、ウベキア程度の町にはやって来ないのだ。
数が足りない時は、住民から募集して頭数を揃えるという事までやってきた。
それにも関わらず、自分は正規兵だと驕り、町の道場へ乗り込んで敗北を喫した。
その結果に納得出来ない者は、何度も道場へ通っては、エルスやゼオンと対戦するようになったのだ。
ある日、道場に一組の親子が現れた。
十歳くらいの男の子と、痩せ細った父親。
「あれ、あいつ…」
試合を終えたばかりのゼオンが、父親の方を見て目を丸くする。
「おい、エルス。ほら、あの印刷屋の…」
エルスも試合を終えて休憩したいと思っていた所でゼオンに声をかけられ、痩せた男に目を向けた。
「ああ、確かフガンさんでしたよね」
すると向こうもエルスたちの姿を認め、近付いてきた。
「どうも、先日はお手伝いいただき、ありがとうございました」
彼は先日知り合った、ハモリオ印刷所の雇われであるフガンだった。
テキュンドが教科書の製本を依頼したのだが、納品期日になっても教科書が届かなかった。
これは印刷所の、特にフガンの誤りだった訳だが、その為テキュンドはすこぶる機嫌が悪くなってしまった。
このままではアミネの目的が達せられないとなり、エルスたちで印刷所まで教科書を引き取りに行ったのだ。
おかげで納品は無事に終了し、アミネもテキュンドに教えを乞う事が出来るようになった。
深々と頭を下げるフガンに、息子のニルマは目を丸くした。
「お父さん、この人たちと知り合いなの⁈」
「あ、ああ、以前この人たちに仕事を手伝ってもらったんだ」




