第5章「テネリミの弟子」【5】
細い腕を見下ろすクワンの、鼻を啜る回数が増えてきた。
「エギロダどころか、部下の連中にだって喧嘩しても勝てないわ。呪術師としての力が無かったのは私も同じ」
きっと何を言っても慰めにはならないだろうと思うのは、今の言葉を語ったルジナ自身、虚しく感じているから。
「今日はあなたを誘いに来たの」
顔は上げられないクワンだったが、声を絞り出した。
「どうしたいの?」
「ガーディエフ様の所へ行こうと思う」
思えば、ルーマット村へ帰ってきてから、とにかく自室へ直行し、それきりだった。
自分たちの救助の為に軍を動かしてくれた事に対して、感謝を述べてもいない。
「そう…ね」
タラテラの町の市場で食糧を大量に購入し、それを運んでくれた兵士たちの事も忘れるはずがない。
特にルジナは、その兵士たちがコルス軍の呪術師に殺される場面を目撃している。
きっと一生忘れららない。
「いつまでも引きこもってばかりもいられないじゃない、大人なんだから」
少しクワンらしい、とルジナは思った。
「いいわ、行きましょう」
そう言って立ち上がるルジナを、クワンは口元に笑みをたたえながら見守っていた。
部屋の中にはヌウラとテネリミとミジャルの三人だけ。
それでも普段この部屋に近付く事もないテネリミがいる事で、かなり空気が違う。
ヌウラもやや警戒気味だ。
「何を話したいのかって言うと、私はあなたに呪術師になって欲しいと思ってる」
「呪術師…」
「言うまでもなく、あなたの母フリシアは、バド国を代表する呪術師だった」
大戦の折、大魔女ヴァヴィエラの力を掻き消す事が出来た、若き天才呪術師がフリシアであった。
「あなたは大戦の英雄と呼ばれても不思議じゃなかった彼女の血を引いているのよ。きっとあなたも素晴らしい呪術師になれるわ」
”素晴らしい呪術師“にさせようとしているのかどうかは怪しいものだとミジャルは心の中で毒付く。
「でも、お母さんは“呪術師にならなくてもいい”って言ってたわ」
ただ、力の使い方を覚えさせようというテネリミの考えには、ミジャルは賛成していた。
娘にそう言った母の真意は分からない。
ヌウラに計り知れない力があると気付いていなくて、わざわざ呪術師にならなくてもいいと言ったのか。
それとも、呪術師という単なる名称にこだわる必要はないといった意味か。
「“なっては駄目”とは言ってないのよね? だったら“なっても良い”んじゃないかしら」
屁理屈で言い包めようとしているのは明らかであった。
「お母さんと同じ職業だなんて、とても素敵だと思わない?」
ヌウラが迷っているのはミジャルにも分かる。
「お母さんも、本当はあなたに呪術師になって欲しいんだと思うわ」
「じゃあどうして“ならなくてもいい“なんて言ったんだろう?」
「そうね、呪術師って職業は決してお金持ちになれるようなものではないわ。バドは貧しい国だから、あなたには裕福な暮らしをして欲しくて、違う稼げる仕事をした方が良いと言ったんじゃないかしら」
よくぞそこまで適当な事を言えるものだとミジャルは呆れたが、その可能性を否定する材料もない。
「いいのよ、別に今すぐ答えを出せだなんて言わないから。お母さんの気持ちを思いながら、ゆっくり考えて」
ヌウラは口をつぐんでいる。
手応えでも掴んだのか、テネリミは満足げに部屋を後にした。
「ミジャルはどっち?」
「賛成か反対かって事か? 俺が決める訳にはいかないが、そうだな、例えばクワンとルジナは今とても辛い状況にある。それは呪術師であるが故だ」
呪術師を集めようとしていたエギロダに連れ去られ、結果ソエレと離れ離れになってしまった。
彼女がどうなってしまうのか、それはクワンたちでなくても考えるのが辛い。
「タドから聞いた事がある。フリシアは呪術師として、最期まで皆んなの為に力を尽くしたって。俺はヌウラの母さんを尊敬するよ」
「うん…」
ヌウラはそれきり黙ってしまった。
迷わせるだけだったかと、説得の難しさを痛感するミジャルであった。




