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第5章「テネリミの弟子」【3】

「それでは私はこの先、ずっと犯罪者として逃げ回らなければならないのですか⁈」


 そうではない、とルーゲンテッドは首を横に振る。


「お前の真実を証明するには時間がかかるだろう。だがその前に有罪の判決が下されたら、二度と覆る事はない」


 だからこそ、時間稼ぎの為に遠くへ逃げろと城主は言った。


「今なら、地下と一階の通用口は人払いをしてある。真っ直ぐ進めば城の外へ出られる」


 そして脇目も振らずに街を出ろ、と。


「ルーゲンテッド様…」


 脳裏に浮かぶのは、たった一人だけ。


「思う所はたくさんあるだろう。だが今は、逃げるのだ。やがて罪が晴れれば、お前は元通りの生活に戻る事が出来る」


 最後にルーゲンテッドは、一枚の小さな紙をユデイグに手渡した。


「この町へ行き、その偽名を名乗るのだ。お前を迎えに行くのも容易くなる。もちろん、これは私だけしか知らない事だ」


 その紙片を握り締め、ユデイグは小走りに地下の通路を進んでいった。


 ルーゲンテッドは彼の後ろ姿を眺めていた。










 コルス国、ルーマット村。


 ガーディエフ軍は、まだこの村に滞在していた。


 コルス軍がやって来るかも知れない事を考えると、すぐにでもここから離れるべきだという意見もある。


 しかし、ここから離れる訳にいかない理由もあり、中途半端な状況であった。


 仕方なく斥候の数を増やし、コルス軍の接近に備える。


 ぎりぎりまでこの村に滞在する為だ。


「コルス軍もわざわざもう一度ここまで来ようだなんて思わないかもね」


 あっけらかんとミジャルにそう言うのは、呪術師のテネリミである。


「そんな能天気な。俺たちを放置しておくなんて、そこまでコルス軍は寛容じゃないだろう」


「そうね」


 そこでテネリミは素に戻る。


「コルス軍にしてみれば、戦果は呪術師を一人手に入れただけだものね。二人は奪い返された」


 再び呪術師を奪いにくる可能性も無い訳ではない。


「もう一人、私も呪術師だってバレただろうし。呪術師を集めている奴らからしたら、放っておく理由がない」


「だったら…!」


「動けないわ。ここで待ち合わせだもの」


「例の、タルティアスってのを待つ為か?」


「その名を出す時は、もう少し声を抑えなさいよ。仮にも大国の王子なんだから」


 ミジャルは口をへの字に曲げた。


「まあ、その通りよ。ガーディエフ様は知らないから、知ってるのは私とビルトモスと、あなただけ」


 だから、この村を出ようという意見が多く挙がっているのだとテネリミは言う。


「何故俺に教えたんだ? 味方を増やす為か?」


「自軍内でそんな真似してどうするの? そんなんだったら、全員を集めて堂々と発表すれば済む事でしょう」


「だったら、どうして俺に…」


「さあ、気まぐれかしら」


「ふざけてるのか?」


「ま•さ•か」


 テネリミから目を逸らし、深く息を吐いて、ミジャルは気持ちを落ち着けた。


 兵士たちに言わないのは分かる、知っている人間が多ければ、その情報が漏れてしまう可能性はずっと高くなるからだ。


「あなたを呼んだのは、その話じゃなくて、別件よ」


 ルーマット村から借りている広大な畑では、ガーディエフ軍の兵士が農作業に明け暮れている。


 ミジャルも畑で働いていたのだが、テネリミに呼び出され、この畑を見下ろせる土手の上に来たという訳だ。


 ヌウラは兵士たちの手伝いを楽しそうに行っていた。


 クワンとルジナは、ソエレを奪われた心の傷が深く、自室に籠ったままである。


 ソエレをコルス軍から取り返そうとしたクンザニが殺されてしまった事も、悲しみをより深めていた。


「ヌウラの事よ」


 ミジャルはテネリミを睨み付ける。


「あの子に何をするつもりだ⁈」


「ヌウラを、呪術師にするわ」




「どういう事だ?」


「言ったそのままだけど」


「分からん」


「あの子の力は、私の予想を遥かに超えているわ」


 先のエギロダの要塞の前での出来事について、テネリミは確信したそうだ。


「あの力が頂点なのか、それとも年齢を重ねたら更に強くなるのか、それは不明よ」


 ヌウラに最も近くにいた呪術師テネリミは、数日意識が戻らなかった。

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