第5章「テネリミの弟子」【2】
するとエボは宝石のような物を一つ、ユデイグの目の前に差し出した。
「お前の剣の鞘に付いていた飾りだ。これが金庫に落ちていた」
「馬鹿な、私は金庫になど足を踏み入れていない。何かの間違いだ!」
そして今度は鞘に収められた剣を持ち出し、ユデイグの前に置いた。
「これはお前の剣だ。先程、家から持ってきた。鞘のこの部分を見ろ」
鞘の、剣を収める口から先っぽまで、一直線に飾りの石が並んでいるのだが、そのうちの一つだけ、不自然に間が空いていた。
「ここに、この飾りが付いていた。それが金庫で何かの弾みで外れたんだ」
最初に出した飾りを、石と石の間に当ててみると、それは他の物と同じ石で、ぴたりと当てはまったのだ。
「この鞘はお前の特注だ。飾りの石はお前が職人にわざわざ作らせたものだな」
自分の両足が泥沼に嵌って抜け出せなくなり、気持ちはますます焦っていく感覚であった。
「何故私が他人の金に手を付けると思ったんだ、エボ? 私がそんな人間でない事は、お前が最もよく知っているはずだ」
「そうだな、お前は暮らしに困ってもいないし、大して物欲もないから無駄遣いもしない」
「ならば、金を盗むなんてするはずが…」
「これまでのお前なら、という話だ」
「エボ…?」
そこでルーゲンテッドが口を開く。
「ユデイグ、お前は最近ケシュリアという娘にご執心のようだな?」
「そ、それは…しかし、今はそんな話は関係ないではありませんか!」
その事を知っているのはエボだけのはずだとユデイグは思ったが、それをルーゲンテッドが知っているという事は…。
「ケシュリアはさる富豪の娘だ。彼女に釣り合うような贈り物をしたくなったが、その為には大金が必要になった、そういう所か?」
喉がからからに乾いてきた。
謂れのない罪を押し付けられようとしているのだ。
「ユデイグ、気持ちは分からんでもないが、あの金は皆からの善意で集められた大切なものだ。お前の個人的な色欲の為に使って良いものではない」
「ルーゲンテッド様、信じてください、私は盗みなどしておりません…」
「残念だよ、ユデイグ」
再び正規兵が十人ほどでユデイグを取り囲み、ルーゲンテッドの元から別の場所へ連行されていく。
「街の人々がこの事を知ったら、大変傷付くでしょう」
「うむ、しばらくは伏せておくのが良いだろう。病気だとか言っておけ」
「頼む、皆んなも信じてくれ。私は何もやっていないのだ!」
ユデイグは自分を取り囲む仲間の兵士たちに訴えた。
「…」
しかし、誰もユデイグの目を見ようとしない。
そのまま彼はヒューゴド城の地下にある、冷たい独房へと押し込まれた。
「嘘だ、どうしてこんな目に…?」
ユデイグはでこぼこな石の床に座り込み、一人打ちひしがれる。
ユデイグは何も考えられなかった。
この街の全員が自分の事を盗人だと信じて疑わない、その事が彼の脳を止めていた。
壁の高い場所にある小窓からは、星のない真っ暗な夜空が見えていた。
これから自分はどうなってしまうのだろうかと不安に怯えた矢先、
「ユデイグ」
扉の向こうから声がした。
独房の分厚い扉にも小窓があり、そこが開けられて一人の男が顔を覗かせた。
「ルーゲンテッド様…⁈」
「静かに。口をつぐんで私の話を聞きなさい」
ユデイグは口を真一文字に結び、何度か頷いた。
「皆の前ではああ言ったが、実の所、私はお前が盗みなどやっていないと信じている」
その言葉が嬉しくて、ユデイグは思わず声を漏らしてしまいそうだった。
「だからといって無罪放免という訳にもいかなくなってしまった。今回の件がどういう訳か本城に知られてしまったのだよ」
本城に、とは…。
「明日にでも本城の兵がやってきて、お前を連行するつもりのようだ」
そんな事になったら、ますます冤罪を晴らす機会が失われてしまうのではないかと、ユデイグは動揺した。
「だからだ、ユデイグ。お前はここから脱走するのだ」
窃盗と疑われ、脱走するのは罪に罪を重ねる事になる。
しかし今は、城主からの提案を、ユデイグは受け入れるしかなかった。




