第5章「テネリミの弟子」【1】
夕闇の中、芝居が終わった劇場の扉からは、大勢の観客がぞろぞろと帰路に就こうとしていた。
それぞれの顔はどれも満足そうである。
富豪の娘ケシュリアは一般客と同じ出口からは退出せず、支配人の招きの元、裏口に待機していた馬車に乗り込んだ。
護衛の一人を務めているのは、ナンヴァランいちの剣士ユデイグである。
「今日のお芝居はいかがでしたか、ユデイグ様?」
ユデイグは彼女の付き添いとして、鎧は着けずに隣の席で観覧していたのだ。
「た、大変素晴らしいものでした。衣装や舞台は煌びやかで、殺陣の場面では身体が熱くなってしまいました」
舞台の兵士は役者が演じており、剣の動きも観客に見やすいように、本物の剣術と比べればかなりゆっくりとしたものであった。
それでも初めて芝居を観たユデイグは、熱中してのめり込んでしまったようだ。
「そうでしたわね。ユデイグ様ったら、舞台の兵士と同じように動いていらっしゃいましたから、私、そちらの方が気になってしまって」
くすくすと笑うケシュリアを見て、ユデイグは我に返って顔を赤くする。
「た、大変申し訳ありませんでした! ケシュリア様の観覧の邪魔をしてしまい、自分の任務への認識不足を痛感しております!」
謝罪するユデイグの姿を見て、ケシュリアは大きな目を丸く開いて、また堪えきれずに笑っていた。
「任務を忘れるほど、あのお芝居を気に入られたのですわね。隣に座られた方が大いに楽しんで頂けたのなら、私も嬉しく思います」
今日は鎧ではないから重くも暑くもないはずなのだが、汗が全身から噴き出ている。
“あなたと一緒だったので、とても楽しい時を過ごせました”
エボから教えられた言葉が脳裏をよぎるが、そんな事を言っても良いものかどうか、ユデイグに答えは出せない。
「ユデイグ様」
「あ、は、はい」
「今日のお芝居は、あと二十日ほど公演が続いて、その次はまた新しいお芝居が始まりますわ」
「そう…なんですか」
「もしもお芝居を観るのが好きになったのでしたら、それも観に行かれてはいかがですか?」
「あ、ああ、なるほど…」
しばしの沈黙。
「あ、あの、ケシュリア様」
「はい」
「で、でしたら、その時は、その、ええと、また、ぜひ…」
「ぜひ?」
「ケシュリア様もご一緒に」
「あら」
「いえ、決して無理強いは致しません! もし良ければ、という程度の…」
「お誘いいただいて本当に嬉しい。約束ですよ、必ずご一緒に! ぜひ!」
息を止めたユデイグは、ただただ笑顔のケシュリアを見つめるだけだった。
「…あっ! はい、ぜひ!」
後にも先にも、ユデイグにとってこの日が人生最良であった。
しかし、この約束が守られる事は二度と無かったのである。
翌朝、いつになく幸せな目覚めを迎えたユデイグだったが、玄関の扉を激しく叩く音にその思いをかき消されてしまった。
「誰だ、こんなに早く…?」
叩かれ続ける扉を開けると、そこにいたのは血相を変えたエボであった。
「どうした…?」
彼だけではなく、その後ろには十名ほどの正規兵が立っていた。
「すぐに支度をしろ、ユデイグ。ルーゲンテッド様がお呼びだ」
「何をそんなに急いで…」
「とんでもない事をしてくれたな」
ヒューゴド城は異例の厳戒態勢となっていた。
今日に限っては改築工事も行われず、民間の業者の立ち入りも制限されていた。
兵士に囲まれ、丸腰のまま城主ルーゲンテッドの前へ連れてこられたユデイグは、事態が掴めず戸惑うばかりである。
玉座に座るルーゲンテッドは、険しい表情でユデイグを睨みつけていた。
「一体どういう事でしょうか? これでは私はまるで罪人のようです」
「我が城の予算が、何者かによって無断で使い込まれておった」
「…は?」
「つまり、横領だよ、ユデイグ」
ルーゲンテッドが、エボが、兵士たち全員が彼に視線を注いでいた。
「お待ち下さい、まさか、私がその容疑者だとおっしゃるのですか?」
「私も信じられんよ」
「ルーゲンテッド様だけではない、俺も他の兵士も未だ信じられん」
「エボ、お前までが私を疑うのか⁈」




