第4章「ピルセンの師匠」【10】
ヒューゴド城城主ルーゲンテッドは、ユデイグにこう声をかける。
「お前のおかげで市民からの寄付が増えておる。この城の改築も滞りなく進められるというものだ」
「ルーゲンテッド様のお役に立てているのであれば、本望です」
そうは言っても、彼の胸中に城主への不満がない訳ではない。
ナンヴァラン市に勤める兵士の給料が、他の地に配属されている者に比べて、やや安いのだ。
それもこれもヒューゴド城の改築の為に、兵士全員から天引きしているのだ。
ルーゲンテッドが城主になった頃から始まったこの制度は、兵士たちからはもちろん評判が悪い。
ただ、それを表立って口にする者はいなかった。
副都を治めるルーゲンテッドの権力はとても大きく、少しでも反論しようものならどんな報復を受けるか分かったものではないからである。
家族と引き離されて遠くの僻地へ左遷させられたり、下手をすれば解雇である。
解雇された者が次の勤め先を探しても、雇ってくれる所が何故か一つもなく、渋々ナンヴァランを出ていくしかないのだ。
「エボはいつまで経っても腕力が弱いな。それではせっかくの剣技が宝の持ち腐れだぞ」
ユデイグは今日も同僚のエボと共に剣の稽古に励んでいる。
「またそれか。俺は筋肉がつきにくい体質のようだから、これ以上は仕方ない」
ユデイグとは正反対に、エボは痩せ細っていて、筋肉などは微塵も感じられない体型であった。
「食事の量を増やせ。誰に聞いても、お前は少ししか食べないと返ってくる」
ユデイグが残念に思うのは、エボは剣の速さと巧さにおいてはユデイグと同等なのだが、力が無い為に、いつもユデイグに負けてしまうのだ。
「増やそうとは俺も思っているのだが、すぐに腹が一杯になってしまうんだ。無理に詰め込んでも身にならん」
これまでに幾度となく、強引にたくさんの量を食べようと試みた事があった。
ところが彼の胃袋は悲鳴をあげ、食べたものは全て逆流してしまうのだ、
「その様では、いつになったら騎士になれるのか分からん」
「いいさ、先にユデイグがなればいい。俺はこの身体をどうにかしてから、騎士に臨むとしよう」
「アレはどうなる、二人で一緒に騎士になるという約束は?」
「ガキの頃の口約束だ。現実はそんなに思い通りにはならんよ。あの頃の俺たちに教えてやりたいところだ」
ユデイグは独身であった。
そろそろ結婚を、などとは周囲から嫌というほど言われている。
無論彼も考えていない訳ではない。
ケシュリアという、ナンヴァラン市の富豪の娘がいる。
ユデイグは、彼女に密かに思いを寄せていた。
ケシュリアは父親と共に、時折ヒューゴド城を訪れていた。
そういう時、この街で一番の剣士であるユデイグは、彼女と話す機会を与えられていた。
「お久しぶりですわね、ユデイグ様、エボ様」
彼女の父親とルーゲンテッドが密談中、その暇つぶしにと、ユデイグとエボが話し相手にあてがわれていた。
「街の西に劇場ができたのはご存知? あそこで演じられるお芝居が、とにかく最高ですのよ」
きらきらと目を輝かせながら、最近観た芝居の感想を語る彼女を、ユデイグとエボはただただ見守っているしかなかった。
「ああ、話していたらまた観たくなってきましたわ」
「でしたらケシュリア様、今度はユデイグを劇場へ連れて行ってやってもらえませんか?」
「おい、エボ…」
「まあ、ユデイグ様はお芝居に興味がありますの?」
「わ、あ、いえ、その…」
好漢であるユデイグは、誰へだてなく気さくに話せるのだが、ケシュリア相手に限っては、言葉が出てこない。
「実はこの男、何も趣味を持っておらんのです。ひたすら剣の稽古を積むばかりで。ですから、そういった華やかな場所へ連れ出してやって頂きたいのです」
話せないからこそ、毎回ユデイグの頼みでエボにも同席してもらっているのだ。
「そういった事でしたら、お安い御用ですわ。素敵なお芝居を観たら、ユデイグ様の世界が変わるかも知れませんものね」
「ありがたい! ほら、ユデイグもお礼を」
「む、あ、ありがとうございます…」




