第4章「ピルセンの師匠」【9】
それに、とマスグは続けた。
「エルスの為に頑張ってくれてるあんたらを手助けするのは、当然だろう」
大剣エゾンモールは、エルスにかけられた呪いを発動させる条件の一つなのだ。
その大剣をこの世界の北の断崖に投げ捨て、二度とエルスに近付けないようにするのが、”八つ鳥の翼“の旅の目的である。
「じゃあ、この先も我々に同行してくれるのか?」
ヤンドの隣にいたツーライが期待を込めてマスグに尋ねる。
もし元バドの騎士がついてきてくれるなら、こんなに心強い事はないのだが。
「おいおい、無茶を言うな」
冗談を言われたかのように、マスグは笑う。
「バドで孫が待っておるのでな。いや、こんなに長い事離れていたら、顔を忘れられてるかもしれん」
生涯の宝物だと話す彼の顔は、大戦の英雄ではなく、ただのお爺ちゃんであった。
「どちらにしても、俺はローガル•ロガを振るには年を取りすぎたよ」
そう言ってマスグはゲジョルと他二人を指差した。
「あの二人が割り込んで来た事にも気付いてなかった」
ヤンドもその二人が絶命しているであろう事は、ここからでも確認出来た。
「ゲジョルも死んだのだな?」
「さあな、心配なら近付いてみたらどうだ?」
一瞬考えたが、ヤンドは首を横に振った。
もちろんツーライも。
「やめておこう。どのみち、あの二人が庇ったとはいえ、ゲジョルもただではすまんだろうからな」
病院へ向かったタンデ次第だが、すぐにでもここから離れるつもりのヤンドであった。
「では、ここまでだ。生きていたらまた会おう、ヤンド」
「ああ、本当に助かった。心から礼を言う。無事に孫の元へ帰れるよう、祈っておくぞ、マスグ殿」
マスグは馬を歩かせた。
彼が見えなくなるまで見送ったヤンドは、もう一度ゲジョルの方を見たが、ぶるぶるっと身体が無意識に震えた。
「いかんいかん、アイツが立ち上がって襲ってくるのではないかという妄想で頭が一杯になりそうだ」
「同感だ」
ヤンドとツーライも、この町の病院の場所を住民に尋ね、そこへ向かった。
ボウカとネビンの下敷きになっているゲジョルの元へ、馬に乗った男が近付いてきた。
男の名はラゾイ、ゲジョルの最古参の部下であり、自他共に認める最高の弟子である。
その一番弟子がゲジョルの元を離れていたのには、理由がある。
そもそもゲジョルは、フェリノア第一王子カドゥーバ暗殺ーー未遂に終わったのだがーーに加わったとして、地中深くの縦穴に放り込まれ、その罰を受けていた。
その減刑を求めてラゾイも奔走していたが、一足早くゲジョルは縦穴から抜け出し、エゾンモールを追跡した。
故に、ここまで合流が遅れたのだ。
ラゾイは馬を降りた。
まずは、身体が無惨に折れ曲がった仲間の姿を見下ろした。
「身を挺したか、部下の鑑だな」
それから、二人の遺体を丁寧に地面に並べてやる。
捨て置くしかないと結論をだしたが。
「しかし、三人まとめて屠るなど、一体誰の仕業か…」
残念ながらきちんと葬ってやる手間をかける余裕はない。
が、
徐にラゾイは身を低くして、ゲジョルの胸へ耳を寄せた。
それから顔を上げる。
「やれやれ、しぶといお方だ」
十年ほど前、リーガス国。
首都べレーゼより西へ向かったクルル•レア国寄りの地に、副都ナンヴァラン市がある。
そのナンヴァランの中心に座するのは、ヒューゴド城である。
とにかく外観の美しさにこだわる城主は、定期的に外壁の清掃や修繕にお金をかけているのだ。
そのせいで、本城よりも荘厳であると言われる事も少なくない。
そこまで城を美しくするのはやり過ぎだと側近に止められる事もしばしば。
当然ながら、西の防衛拠点であるナンヴァランには、多くの正規兵が集められている。
その中で最も剣技に長けているのは、ユデイグという男である。
筋骨逞しい体躯に爽やかな笑顔が特徴で、世話好きの彼は周りの兵から慕われ、街へ出ても市民から声をかけられるほど愛さている兵なのだ。
市民の子供から、
「ユデイグ様はいつ騎士になるの?」
と尋ねられた時、
「騎士になる事より、この街を守る事が私にとっては一番の関心ごとさ」
と答えたという。




