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第4章「ピルセンの師匠」【8】

「あれは一体何者だ?」


 ネビンは眉間に皺を寄せている。


「やっぱり援軍ではないのか、あんな棍棒を持ち出して」


 ボウカは記憶を呼び起こそうとしている。


「しかし、あんなジジイに何が出来るって訳でもないか…」


「じゃあ何故、ゲジョル様は動かない?」


 頭の隅を探りながら、硬直したような班長に疑問を抱いている。


「何故って、そりゃあ…馬鹿なジジイがどんな馬鹿をやらかすのか観察してるんじゃないのか」




 見るからに重そうな棍棒だが、男はそれを軽々と持ち上げている。


 ゲジョルは動かないどころか、額にびっしりと汗を浮かべている。


「そこにエゾンモールがあるのか?」


 男が尋ねる。


 ゲジョルは答えない。


「お前と会うのは初めてだが、話はよく聞いていたよ」


 ゲジョルは黙ったまま。


「ユレイスから、な」




「思い出した、アレはマスグ•ゴウドだ」


「誰だって?」


「知らんのか、バドの騎士だ、大戦の英雄だぞ」


「ああ、そういう勉強はしてこなかった」


「間違いない、あの棍棒はローガル•ロガ、“天の柱”だ」


 へえ、そうなのかとネビンは軽く受け流していた。




「いび…ユレイスから…そうか、あんたはマスグだな…じえ」


 ようやくゲジョルが口を開いた。


「うむ、あいつに頼まれたのだ。ゲジョルがエゾンモールを狙っているから、何とかしてくれないかと」




「バドの騎士だか何だか知らんが、結局のところ、アイツは敵なのか味方なのか?」


「敵だろう。でなければ、ゲジョル様が固まってしまった理由がない」


「ゲジョル様が、あんなジジイのせいで動かなくなったと?」


「むしろゲジョル様だからこそ、マスグの放つ殺気を感じ取ってしまったに違いない」




 先程と変わらず、ゲジョルは身体を動かさずにマスグと話している。


「くろ…ユレイス…自分で来いってんだ…ゆま」


「バドの騎士のあやつが、フェリノアの諜報員と表立ってやり合うのは、やはりいただけない。現役だからな。その点、私は隠居の身だ。多少の揉め事など無かったようにしてもらえるはずだ」




「いや、だから、ジジイだろ? 殺気を感じ取ったからってどうなんだ? それでゲジョル様に勝てるとでもいうのか?」


 だが既にボウカは地面に降りていた。


「おい待て!」


 ネビンも続いて地面に降りると、ボウカは走り出していた。




「かよ…確かに凄い殺気だ…バドの騎士、伊達じゃないね…ねだ」


 マスグはローガル•ロガの柄を両手で掴む。


「けえ…!」


 ゲジョルがマスグの方へ身体を半身回転させた所だった。


 辺りの空気が全てゲジョルへ流れたかのように、嵐のような暴風が巻き起こった。



 

 ゲジョルは吹っ飛んでいた。




 マスグはローガル•ロガを振り切っていた。


 そして、激しく二酸化炭素を吐き、新鮮な酸素を取り込んだ。


「久しぶりに振ったが、やはり堪えるわ」


 彼がやや驚いたのは、倒れていたのがゲジョルだけではなかった事である。


 彼に覆い被さるように、二人の男が倒れていたのだ。


 服装からして、ゲジョルと同じフェリノア諜報員かとマスグは思った。


 一人は背中が本来曲がらない方に“く”の字に折れていた。


 もう一人も、腕と身体が揃って“く”の字に曲がっている。


 どちらも絶命しているようだ。



 

「マスグ殿か⁈」


 駆け戻ってきたのは、ヤンドであった。


 それから、他の三人も。


「おう、久しいな」


 疲労の色は濃かったが、マスグは口元を緩めた。


 シャンとコムノバは腹から血を流しているタンデの元へ近付いた。


「まだ生きてる!」


 タンデは僅かながらに呼吸をしていた。


 ツーライも手伝って、タンデをゆっくりと馬車に乗せる。


 コムノバが手綱を握り、シャンはタンデの傍らに座る。


 病院を探して馬車が走り去った後、ヤンドはマスグと話をした。




 マスグはローガル•ロガを元のように布で包み、自分の馬車の荷台に乗せる。


「ユレイスは、そこまで気を回してくれていたのか」


「そりゃあ、そうだろう。ユレイスの方から頼んだのだから、お前さんたちに丸投げって訳にはいかん」


 とはいえ、公に援軍を向かわせる訳にもいかず、非公式にマスグに頼んだのだ。

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