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第4章「ピルセンの師匠」【7】

 シャッ、突然スメロカの頭から血飛沫が上がった。


 その彼の足元に血まみれのものが落ちた。


 彼の右耳だった。


「べみ…まだ、狂うね…おぜ」


 ゲジョルは動いていないとタンデたちは思っていた。


 だが違った、ゲジョルはスメロカの耳を斬り落とし、元の位置に戻っていたのだ。


 激痛と落ちた自分の耳に混乱したスメロカは、発狂している。


「まずい…!」


 少し距離をとっていたヤンドたちは、何が起きているのか、状況を掴めなかった。


「駄目です、みなさん、逃げて!」


 タンデが声を荒げる。


「えっ、何?」


「逃げろって…」


 よろよろと揺めきながら歩くスメロカが、聞き取れない悲鳴を上げているのだけは分かる。


 そして次の瞬間、ゲジョルはスメロカの後ろに立っていた。


 スメロカの後頭部には、ゲジョルの短剣が突き刺さっていた。


「にひ…抜けない…ごれ」


 スメロカの頭に刺した短剣を抜くのに手間取っているゲジョルへ向け、タンデが突進する。




「急に速さが増したぞ」


「目が覚めたって所だな」


「これで一安心か」


「まだ多少手元は狂うようだが、あの程度の連中なら、敵じゃない」




 タンデが渾身の突きを放つ。


 唸りを上げた切っ先は、一直線にゲジョルの頭へ突き刺さる!


 はずだった。


「そんな…!」


 ゲジョルは人差し指と親指で、タンデの刀身を挟んで止めていた。


「つを…待ってなよ、順番だから…ゆこ」


 ゲジョルの口角が異様なまでに釣り上がるが、それはおそらく彼の笑顔であった。




「とにかく、離れるぞ!」


 最初に足が動いたのはコムノバだった。


 瞬時にスメロカが血祭りに上げられた。


 かつて“八つ鳥の翼“が散々苦しめられたスメロカが、である。


 最早この人数でどうにか出来るはずもない。


「タンデ!」


 彼らに背を向けつつも、シャンはタンデを顧みた。




 二本の指で摘まれているだけなのに、タンデはそこから剣を取り外す事が出来なかった。


 仕方なく剣を諦め、ゲジョルから一歩でも多く逃げようと試みる。


 ようやく短剣がスメロカの頭から抜けると、既に絶命している彼はその場で崩れ落ちた。


 ゲジョルはタンデの剣を放り投げる。




「けえ…けえ…」


 必死に走るタンデの前に、ゲジョルが出現した。


「よぎ…おかげで、忘れてたモノを思い出せたよ…感謝する…ふも」


「くそ…がっ!」


 ゲジョルの手がタンデの腹にめり込んでいた。


 短剣を持っている方の手だ。


「おむ…なかなか良かった…私の部下よりずっと強い…褒めてやる…ねざ」


「うお…ぐあ…」


 タンデの腹から姿を見せたゲジョルの短剣には、鮮血がまとわりついていた。


 自らの腹部を押さえたまま、タンデも両膝を地面に落とした。


「のじ…すぐに死ぬけど、後しばらく生を味わっていいよ…にえ」


 それから辺りをきょろきょろと見渡したゲジョルは、一台の馬車を見つけた。


 そこに目当てのモノがある事は、すぐに察知した。


 馬車の周りには誰もおらず、それは邪魔する者がいないという事である。


 ゆっくりと歩を進め、馬車に近付く。


 そして、幌がかかった荷台の中を覗く。


 そこには巨大な剣が置かれていた。


「けえ…見つけた………………………」


 ゲジョルの体が硬直する。




 様子を眺めているボウカとネビンも、班長の様子がおかしいと首を傾げる。


「どうした、まさかやられたのか?」


「馬鹿な、馬車には誰もおらんだろう」


 その時、もう一台、別の馬車が向かってくる事に彼らは気付いた。


「誰だ、援軍か?」


「…いや見ろ、ただの太ったジジイだ」




 ぴくりともせず、ゲジョルは立ち尽くしていた。


 その馬車がすぐそばまで迫ってきたというのに。


 馬車が止まる。


 手綱を握っていた男が降りる。


「やれやれ…」


 髪はずいぶんと白いものが目立つ。


 腹はずいぶんと脂肪を溜め込んでいるようで、歩きにくそうである。


 彼は自らが乗ってきた馬車の荷台に手を伸ばし、中から布に包まれた長い棒のような物を取り出した。


 ゲジョルは目だけを動かして、その様子を眺めている。


 男は布を剥ぎ取った。


 そこに現れたのは、棍棒であった。


 長めの柄がついており、その先には白く輝く六角柱が伸びている。

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