第4章「ピルセンの師匠」【6】
ゲジョルが突き出した短剣と、タンデの剣がぶつかり合った。
金属音がスメロカの耳をつんざく。
「へゆ…⁈」
思いもしない邪魔が入り、ゲジョルはその大きな両目を更に見開いた。
「動けよ、スメロカ」
「ちっ、分かってらあ」
ゲジョルはタンデから見て右へ右へ、まだ更に右へ高速で移動する。
「おいっ、どこ…⁈」
「落ち着け、回ってるだけだ」
既にスメロカはゲジョルの動きについていけなくなっていた。
そこを狙われる。
今度こそ、とばかりに。
だが、タンデは視界に捉えていた。
だから、追いつく。
ゲジョルの短剣を打ち払う。
「ぬで…!」
近くの木の上から戦況を覗いているのは、ゲジョルの部下ボウカとネビンである。
手出しをするなと言われた以上、ここでこうして見守るしかなかった。
「あれは一体、何者だ? ゲジョル様の動きについてきているぞ」
「ああ、思った以上に優秀だ。無駄な動きが少ない所を見ると、どうやら正規兵のようだが。しかし、何であんな連中と同行しているのか、さっぱり分からん」
「加勢しなくて良いのか?」
「しなくて良いのは分かっておるだろう? 下手に手を出したら、こっちがゲジョル様に殺されるぞ」
「しかしだな、見ているだけで良いのだろうか。ほら…また防がれたぞ。ああ、今度は攻められた」
「お前もゲジョル様とは相当付き合いが長いのだから、いちいち騒ぐな。そんな簡単にゲジョル様がやられたりはせん」
「それはそうだろうが、攻め手を読まれているようにしか思えん。どうなっているんだ?」
「まあ、確かに本調子ではなさそうだが」
慌ててネビンはボウカを見やった。
「じゃあ大丈夫ではないではないか!」
「それはそうだが、手を出せない以上、我々はこうして見守っているしかないのだ」
「くそ、ラゾイ様が間に合っておれば…」
「同じ事よ。ラゾイ様とて班長の命には従うのみ」
「我らは本当に、何も出来んのか?」
「ぎりぎりまで待て。いざという時は動く」
「ぎりぎりまでだと? そんな状況に追い込まれるというのか…」
「なあ、俺たちはどうしたらいいんだ?」
スメロカは少々遅れ気味だが、それでもタンデと共にゲジョルへ立ち向かっている。
一方“八つ鳥の翼“の面々は、誰一人として戦いに参加出来ないでいた。
「あれには混ぜてもらえないでしょう」
「そうだな、あそこに飛び込んだら俺たちなんざ一瞬で終わりだ」
ヤンドも盾を構えているが、足を前に出そうとはしない。
「スメロカと手を組もうと力説していた理由が分かるな」
「納得してる場合じゃないだろ」
しかし今はタンデとスメロカの邪魔にならないように、彼らと少しずつ距離を取るしかなかった。
徐々にスメロカもゲジョルの動きが見えてきた。
ただ正面からというのはやはり難しく、それはタンデに任せて自分はゲジョルの背後から攻めようと必死であった。
必死なのはゲジョルも同じであった。
懲罰の為に暗い縦穴に放り込まれ、食料は数日に一度しか与えられない日々を過ごした。
そこから抜け出した時は、ほぼ死にかけであった。
ボウカとネビンのおかげで、少しずつだが体力を取り戻しつつあった所なのだ。
加えて、スメロカの相棒が予想外だ。
スメロカよりも断然強い。
しかも若く、体力には事欠かないのだろう。
こちらの方がジリ貧である。
「めて…足りない…ごて」
何が足りないのか、自分ではまるで分からない。
どうすれば、身体がもっと動けるようになるのか。
「ずび…!」
左肩に激痛が走った。
スメロカの剣が僅かに掠めたのだ。
スメロカは、ようやく思惑通りにゲジョルに刃を立てる事が出来た。
それもこれも、タンデが凄まじい攻めでゲジョルの意識を背後から遠ざけたからなのだが。
「こりゃあ、行けるぞ、タンデ!」
するするとゲジョルは二人から離れていく。
左肩が熱い。
「たり…痛い、痛い、痛い…きぞ」
一体、何年振りの痛みだろうか。
久しい感触は、彼を混乱させていた。
斬られた肩からは、僅かながらも出血している。
頭の中で、どくん、どくん、と血管が激しく脈打つのを感じていた。




