第4章「ピルセンの師匠」【5】
ヤンドがたまらずタンデを制しようと口を開く。
「そこまでだ。無抵抗の者を傷付けるのは、いかん」
スメロカは自身の最期を覚悟した。
これほどまでに実力の差を思い知らされたのは初めてであり、悪あがきをしたとて無駄になるだろうという事も悟っていた。
「分かっています」
剣を下ろしたタンデだが、スメロカからは目を離さない。
「私の考えは変わっていません。ゲジョルを相手にする時、彼ほどの剣技を持つ者は大いに戦力足りえますから」
自分を圧倒しておいてよく言う、スメロカはそう思ったが、裏を返せばそんな実力者に褒められたとも取れる。
「俺だって同じだ。まあ、実力の上下は変わったと言わざるを得んが、手を組んでゲジョルを倒そうという目的は同じだ」
ヤンドはしっかり頷いた。
残るは三人の反応であるが。
「…いやー、なんだか凄いモノを見せられた感じだな」
「いまだに信じられないけど」
ツーライとシャンは、タンデが強かった事を素直に驚き、喜んでいる様子だった。
「今までずっと隠していたのか」
コムノバは不信感が伝わるように、しかし決して感情的にはならずにそう言った。
「出来れば、この先も隠し通すつもりでした。“八つ鳥の翼“はあくまで何でも屋です。広い屋敷の掃除をしたり、農園で収穫の手伝いをしたり。剣の実力など、あまり役に立つモノではないと思いました」
平凡な元正規兵、これで仲間とわいわいやっていけたらとタンデは願っていた。
「以前、私は“八つ鳥の翼“は何でも屋なのに極悪人のスメロカを捕まえて、素晴らしいと言いました。それは本心です」
正規兵としての自分に何も見出せなくなっていた時、ヤンドたちの話を聞いて、目の前がぱっと明るくなったのだと。
「この旅、色々な仕事をして大変な事も多かったのですが、私は充実していました。これからもこんな生活が続けば良いと思っています」
そしてタンデは“八つ鳥の翼“の面々を見渡した。
「あらためてお願いします。私をこの先も“八つ鳥の翼“の一人としていさせてください!」
「当たり前じゃねえか、なあ?」
最初に口を開いたのはツーライである。
「ああ、今日でようやく新米から一端の仲間入りだね」
シャンも笑顔で迎え入れた。
「さっき何だか怖かったコムノバはどうなんだ?」
「別に、隠し事くらい誰だってあるんだ。俺はただ、聞いただけだよ」
「何よりだ! ヤンド、頭領として言う事があるんじゃねえか?」
だがヤンドは口を真一文字に結んでいる。
心なしかその目は潤んでいるように見受けられた。
「さて、スメロカよ。例えゲジョルを追っ払ったとして、お前がエゾンモールを手にするって望みはほぼ無くなった訳だが、それでも構わんよな?」
短剣を取り上げられ、再び縄で縛られたスメロカは、諦めたように天を仰ぐ。
「何言ってやがる。どうせ俺に選択肢なんざ無いんだろう? だったら、やるしか俺の生きる道は無い。ゲジョルを倒すしかないよな」
話がまとまったようである。
すると突然、タンデが自分の剣でスメロカを縛っている縄を斬り落とした。
「誰かいます! みなさん警戒してください!」
「さべ…お前らのせいでバレたじゃないか…殺気をばら撒きすぎなんだよ…こお」
「申し訳ありません。あんな優秀なのがいると思わなかったので」
「いば…そうだね…確かに強そうだ…お前らじゃ手も足も出ないくらいにね…らも」
「では、我々はその他の雑魚を…」
「きえ…いらないよ…私一人でやるから…邪魔すんな…でせ」
ヤンドたちもスメロカも既に抜刀し、敵襲に備える。
だが、一体どこから来るのか、まるで見当がつかない。
全員で輪を作り、あらゆる方向からの出現への対応を試みる。
「タンデ、お前が察知した気配は、たぶんゲジョルのもんじゃねえぞ。あいつはあんな殺気を撒き散らすような奴じゃねえんだ」
「なるほど」
ふわっと空気が動いた。
誰も気付いていない。
現れた時はもうスメロカの右にいた。
「嘘…」
巨大なギョロ目に全身がすくむ。
「けぇ…まずはお前から…ぼえ」




