第4章「ピルセンの師匠」【3】
だからといって、旅の経路や目的地まで分かるはずがない。
他に自分らを尾行している者が存在しているのではないかと、彼らは思った訳だ。
「まあ、話してもいいが、お前らは信じねえと思うぜ?」
「いいから話せ。信じるかどうかは俺たちに任せろ」
確かに、とスメロカはにやりと歯を見せる。
「エゾンモールが導いてくれたんだ。俺ならソイツをエルスの元へ届けてくれると判断したんだろう」
「誰が?」
「エゾンモールが、だよ」
概念的な話ではなく、本当にあの大剣が案内してくれるのだと、スメロカの眼差しは物語っている。
「元々、ネラダンの町へ行ったのも、エゾンモールのお導きだったのさ」
“ネラダンへ行け”だの“少年を待て”だのとスメロカの頭の中へエゾンモールの声が響いたのだという。
「何故だか分からんが、俺に拒否するという選択肢は無かった。ただただその指示に従って、ネラダンでエルスを待ったんだ」
当時スメロカとその仲間は、ネラダンの農具を置いたり住民が休憩する為の小屋に居座った。
「サイマを誘拐したじゃない。あれが目的じゃなかったの?」
「あんなものは、そこに居座る為の理由付けに過ぎねえよ。ひょっとしたら正規軍が乗り込んでくる危険だってあったのに、誘拐目的で長居するもんかよ」
“二十人斬り”といえども、決して正規軍とやり合いたい訳ではないらしい。
「離れろ、シャン」
気が付くと、彼女はスメロカのすぐそばまで歩み寄っていた。
「お前、まさかそんな頭がおかしい野郎の話を信じてるんじゃないだろうな?」
「そんな事ないけど…」
「エルスは聞いたみたいだぜ、俺と同じエゾンモールの声を」
「そんな事、エルスは言ってなかったぞ」
「そりゃあ、そうだろ。“頭がおかしい”って思われちまうんだから、言わないに決まってるさ」
エルスには呪いがかけられている。
その呪いが発動するきっかけの一つが、このエゾンモールなのだ。
だからヤンドたちは、エゾンモールをエルスから遠ざける為に、彼とは逆の方向へ旅をしている。
「だからエゾンモールにとっちゃあ、お前らは邪魔者で、エルスの元へ行く為にエゾンモールを奪いにきた俺は救世主みたいなもんだ」
エルスを探すのに、エゾンモールは必要不可欠なのだという事なのだろう。
それなのに、今は大人しく捕まってしまっている。
「俺にはここからが本題だ。ゲジョルが来る。奴は半端なく強い。俺一人じゃ、どうにもならねえ」
ようやく、スメロカの目的がはっきりした。
「協力してゲジョルを退けようというつもりか?」
「いやあ、話が早いじゃねえか…」
「断る」
今度はヤンドである。
「誰が貴様のような奴と手を組むものか」
ツーライも、シャンも、コムノバも同意である。
スメロカは彼らの仲間のルネを斬り殺し、ナトウを“八つ鳥の翼“から離脱させる程の大怪我を負わせた。
当然、好き好んで共闘しようなどと考えるはずがない。
「お気持ちは痛いほど分かります」
どこから聞こえてきたのかと思えば、今まで様子を見ていたタンデであった。
「我がアレイセリオン兵も、この男に斬られているのです」
タンデが見下ろし、スメロカが見上げ、両者の視線が交差する。
「まあ待て、青年。お前だけ、ちょっとヤバいな」
いつものタンデと目の色が違うと、誰もがそう思った。
「だとしても、止めねえぞ」
「そうだね、仕方ない」
「遺体の処理は、手伝おう」
「うっわー、バカだねお前ら。よく考えてみろって、俺を殺した所でゲジョルはやってくるんだぞ? 正直言って、奴は俺より強い。エルスのいないお前らが勝てるはずねえだろ。だったら、まずは結託してゲジョルを倒す、これが最優先じゃねえか!」
長々と喋ったのは、スメロカがようやく焦ってきた証である。
「私も、そう思います」
信じられない言葉を発したのは、やはりタンデであった。
「どゆこと?」
「みなさん、悠長な事を言っている場合ではないのですよ。大変な危機が迫っているという事なんです、分かりませんか?」
「あ、賛成だったんだ」
スメロカも驚いていた。




