第4章「ピルセンの師匠」【2】
「嫌な予感しかしねえよな」
「まさかとは思うけど、もしもアイツだったらどうする?」
「一目散に逃げるしかない、タンデには悪いけど」
扉が開かれる。
日の光が小屋の中を照らし、中の人物を浮き上がらせた。
「いよー!」
しゃがれた、忌まわしきあの記憶を呼び起こす声が聞こえて来た。
スメロカである。
「待て待て!」
咄嗟に背を向けたツーライ以下三人を、彼は焦って止める。
「戦う気はねえんだって!」
「うるせえ! 誰が信じるかってんだ!」
「いや、お前たち、逃げる気なのか⁈」
ヤンドも信じられない表情である。
「当たり前でしょ! 勝てる訳ないんだし、今度こそ皆殺しにされるよ!」
ダンテは見知らぬ男と仲間を交互に見比べていた。
「彼は丸腰ですよ、逃げなくたって!」
「その若僧の言う通りだ、捕まえてくれてもいい。とにかく話を聞いてくれ」
スメロカは“二十人斬り”の異名を持つ。
正規兵を斬り殺したという事。
もちろん賞金首である。
その彼はかつて“八つ鳥の翼“と対峙し、エルスに敗れた。
刑務所に収監されたスメロカだったが、脱獄に成功し、“八つ鳥の翼“を追跡した。
そしてとうとう彼らを追い越し、ここで待ち伏せていたのだ。
そのスメロカが今、ヤンドたちの手によって後ろ手に縛られ、おとなしくしている。
「頼むから殺さないでくれよ」
「お前に命乞いをする権利なんざ、ねえんだよ」
ツーライが毒付く後ろで、ヤンドが事情をタンデに説明している。
ただヤンドの説明が長いので、スメロカの名が出てくるまで、相当の時間を要した。
「えっ、彼が⁈」
いきさつを最初から懇切丁寧に語られ、何の話なんだろうと疑い始めたタンデも、最後の最後でスメロカの名を聞いて目を丸くした。
「だってスメロカは刑務所に…」
元アレイセリオンの正規兵だったタンデは、その辺りの事情は知っていた。
スメロカは間違いなく極刑になるだろうという辺りまで。
その彼がここにいるのだから、驚くしかなかった。
「どんな手を使ったかは知らないけど、脱獄するっぽい顔してるもんね」
「どんな顔だよ」
シャンの吐いた毒にも、まだスメロカは余裕であった。
「まあよ、その辺も含めて話をさせてくれ」
「いや」
縛られていても、ツーライはスメロカから一定の距離を置いている。
「結論から話せ」
「ああ、いいさ」
それから“八つ鳥の翼“の面々を一瞥し、彼はこう言った。
「お前ら、狙われてるぞ。ゲジョルって化け物にな」
「あ? 誰だよ、ゲジョルって?」
そう返すツーライに、タンデを除く仲間全員が呆れた顔をした。
「ユレイスって諜報員が言ってたじゃないか。とんでもなく強いのが追っかけてくる可能性があるって」
「あー、そうだっけか…」
シャンに言われて、何となく思い出す。
「ソイツも欲しいみたいだぜ、エゾンモールをよ」
“八つ鳥の翼“が移動に使う馬車の荷台に、エゾンモールという剣が積まれている。
しかし、ただの剣ではない。
巨大で、重い。
よっぽどの怪力でなければ、一人で持ち上げるのは元より、振り回すなど不可能なほどである。
「ゲジョルって奴の目的は何だ? エゾンモールを手に入れて、どうしようってんだよ」
「さあね、そこまでは知らん。だが、奴はその為に俺を刑務所から脱獄されてくれたんだ」
スメロカは、エゾンモールを持ったエルスに敗れたとゲジョルに白状した。
「奴はエゾンモールだけじゃなく、エルスにも関心があるみたいだった」
その後、ゲジョルは突如としてスメロカの前から姿を消したのだ。
刑務所の外で放置された格好のスメロカは、ここぞとばかりに逃げ出した。
「ゲジョルってのが来るかもしれん、という所までは分かった」
「そうかい、それは良かった」
「だが、今の俺たちが知りたい事は他にある」
「これ以上、特に情報はねえぞ?」
「どうやって、私たちの行き先を知ったの? この町に立ち寄るなんて、私たちでも直前まで決めてなかったのに」
スメロカは“八つ鳥の翼“を正確に追跡してきた。
ヤンドたちが路銀を稼ぎながら旅をしてきたのに対し、スメロカは盗みを繰り返して時間を稼いだ。




