第3章「気を失っていました」【10】
そうこうしているうちに、アミネは頭を強く揺さぶられるような衝撃を受け、視界が狭まっていったのだとか。
意識が戻ってから検査を受けたが、脳への異常は無いだろうとの結果をもらったと彼女は言う。
「夕方には退院しても良いんだって」
それはエルスも一安心である。
しばらくするとゼオンのイビキが一層大きくなり、その音に驚いたように彼は目を開けた。
「ふぶわあ…腹減ったな」
「そういえば」
「確かに」
三人とも、昨日の昼食以降、何も食べていなかったのだ。
タンコブの痕が痛々しいので帽子を被り、アミネは翌々日にはノルマルキ・ウベキア大学にあるテキュンドの書斎へ向かっていた。
「もう来なくなるんじゃないかと心配してたんだが…」
戸惑いつつもテキュンドは、アミネの登校を喜んでいるようだった。
本館の入り口はまだてんてこ舞いのようであった。
壊された箇所をどうするのか、修復するのかしないのか、誰に頼むのか。
今もその辺りを論議する大学関係者が、本館入り口に何人も集まっている。
「せっかく理解出来るようになってきたんですから、習得するまで頑張りますよ」
対照的にと言うか、別館の書斎はこれまで通り静かなものである。
しかしアミネは気になる、いつもと違う風景が目に付くのだ。
「あの、教授、ヤレンシャは?」
書斎でテキュンドの手伝いをしているのが、ヤレンシャではなかった。
「ああ、彼女ね…」
たまたま学校に来ていないなどはあるとアミネも分かっている。
「私を病院へ運ぶのを、ヤレンシャも手伝ってくれたと聞いたんです。だから、さのお礼が言いたくて」
今日いなくても、明日以降でいいはずなのだが、何だか変な空気が漂っている。
「ヤレンシャはね、もう大学には来ないよ」
「えっ? まさか、辞めちゃったんですか⁈」
「うん、まあ、あー、まあそうだね」
テキュンドは奥歯にモノが挟まったような口ぶりであった。
「ホント言うとね、辞めたのはずっと前なんだ。アミネがここへ来るよりずっと前。もう彼女は故郷へ帰ってしまっているらしいね、ずっと前に」
どういう事なのか分からない。
「私なりに考えたんだが、アレは偽物だったんじゃなかろうかと」
「偽物…」
「いや、もちろん本物を知らない君にとっては、アレがヤレンシャなんだろうけどね」
彫像を破壊しようとした連中の仲間だったのではないかと、テキュンドは推測したのだ。
当日に支障なく任務を遂行出来るように、彫像や本館入り口の様子を監視していたのではないかと。
それをいきなり信じろと言われても、アミネには到底無理な話である。
そのせいか、午前中はテキュンドの話が全く頭に入ってこなかったアミネであった。
正規軍に捕まった、ヌーパルを始めとする“焼け石に祈り”の部下連中は、取り調べの際に正規兵から“罪が軽くなる”と言われて、知っている事を洗いざらいぶちまけていた。
依頼人は、このニチリヤートの彫像が金賞を獲得したおかげで銀賞に甘んじる事となった町の者だとか。
分かりやすい怨恨の線のようだ。
ただ、当然というか正規兵がその町を訪れて依頼人と名指しされた者に確認したのだが、本人は知らぬ存ぜぬの一点張りであった。
どちらが嘘を付いているのかは分からないが、正規軍側にしてみれば大した事件ではないのでそれ以上調べる事もせず、依頼人は不明という形で終わらせるつもりのようだ。
ヌーパルたちは、その証言の真偽が明らかにならないので、減刑にはならずに長い獄中生活を送る事が確定するだろう。
「あんたって、馬鹿だよねえ? そんな素顔晒しちゃってさあ?」
朽ちかけた空き家の奥で、仲間から詰められているのは、例のマントの男である。
「いやあ、目撃者全員殺すつもりだったんだが、えらく強いのがいてね。煙玉は助かった!」
「余計な事に首を突っ込むからだよ」
「そろそろ勘弁してやれよ。この町にそんな腕の立つ賞金稼ぎが入ってきてる事が分かったのは収穫なんだから」
「正にその通り、賞金首も一部は逃がす事が出来たし、何もしてない訳じゃないよな」
「自分で言うなよ」




