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第1章「私は翻訳家じゃない」【3】

 これが余計な一言だったと、ゼオンは後で思い知らされる事となる。


 大学の敷地を囲む外壁はエルスより頭一つ高く、従って彼がそこから敷地内を伺う事は出来なかった。


 当然というべきか、門扉前でエルスたちは止められた。


 赤い鎧を纏うのは、トミアの正規兵だ。


 ここが学問の場であるにも関わらず、エルスは一本、ゼオンは二本も帯刀しているのだから、当然というべきか。


「私たちはテキュンド教授に会う為に来たんです。暴れたりなんてしませんから、通らせてもらえませんか?」


 いつもより一段高い声と、五割増しの笑顔でアミネは正規兵に懇願した。


 その誠意が伝わったのは、学生が四、五十人ほど通過した後だった。


「仕方がない。だが、その物騒なのは置いていってもらうぞ」




 結果、エルスの剣一本、ゼオンの剣二本、そしてゼオン本人が門扉近くで留守番となった。


「どうしてだ⁈」


 もちろんゼオンは納得がいかない。


「物騒なのは置いていけって、門番の人に言われたからよ」


 アミネは納得いっているようなので、連れて行ってもらえないのは確定である。


 エルスは剣さえ持っていなければ、見た目にもただの十五歳の少年である。


 それに、本を運ぶ手伝いも必要だから。


「トズラーダと仲良くしてて」


 馬車も乗り入れ不可と言われた為、トズラーダも留守番の仲間入り。


 正規兵から台車を借りて、重い本を十三冊載せて、ようやく大学の敷地内へ。


 敷地内には幾つも建物があった。


 どこにテキュンドがいるのかは、正規兵が教えてくれた。




 北西の角にある二階建ての古めかしい建物の中に、テキュンドの書斎があるらしい。


 ガラガラと台車を押し、エルスとアミネは建物の中へ入る。


 玄関から真っ直ぐ伸びる廊下の左右に、二つずつ部屋がある。


 そのうちの一つの扉の脇に、テキュンドの名が記された看板がかけられていた。


 アミネが扉を三回叩いてみると、中から女性の声で返事が返ってきた。


 バダバタと足音が近付き、扉が開けられた。


 顔を出したのは、学生らしき風貌の、黒っぽい髪の女性であった。


「お客様ですか? 先生からはそのようなお約束は伺っていないんですけど」


 約束はなく、突然の訪問である。


 彼女はヤレンシャといって、テキュンドのクラスの学生である。


 アミネは門扉前でした説明を、もう一度彼女にも繰り返した。


「ははあ、なるほど。要はその本を翻訳して欲しいってワケですね?」


「そうなんですけと、テキュンド教授はいらっしゃらないのですか?」


「先生は一年生の為の講義の最中です。私は三年生で、今は講義がないので先生から手伝いを任されました」


 ですが、とヤレンシャは伏目がちに続けた。


「先生は実は今、カンカンなんです。何故かって、印刷を頼んでいた教科書があるんですけど、本来なら昨日完成して納品の予定だったのに、いまだに届かないんですから、そりゃあ怒りますよね」


 だからテキュンドは昨日からずっと機嫌が悪いのだとか。


「印刷を頼んだ所へ、こちらから取りに行ったらいいんじゃない?」


「確かに、その通り」


 だけど、とヤレンシャはアミネの目を見て続けた。


「昨日だったら、届いた教科書を大学の倉庫へ運んでくれる男子が何人もいたんです。だのに今日はみんな都合が悪くて、誰もいないんですよ。一体、どうやって運んだら良いのやら」


 ちゃんと倉庫まで運び終えなければ、テキュンドの機嫌は治らないとヤレンシャは訴えてくる。


 するとアミネは、パン、と手を叩いた。


「分かりました!」


「…はて?」


「私たちがお手伝いしましょう! 教科書を取りに行ってきて、倉庫まで運び入れます!」


「い、いえ、そんな…初めてお会いした方にそんな事は頼めません!」


 困ります、とヤレンシャは狼狽えている。


「だけど、この件が終わらない事には、ヤレンシャはもっと困るのでしょう?」


「それはー、そうですけどー…」


「大丈夫、私たち自前の馬車もありますから。ちょっと足は遅いんですけど、今日中には終わらせますから!」


「でもあの、本当に凄い量なんです。アミネさんとエルス君では何というか…」

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