第3章「気を失っていました」【9】
ウベキアの町の外れ、暗闇にこそこそと隠れているのは“焼け石に祈り”の頭領ベタンゴである。
見ず知らずのマントの男に助けられ、足を引きずりながら彼が用意してくれた馬に乗り、ここまで逃げてきたのだ。
本来なら一刻も早くこの町を離れて、安全な場所で一息つきたい所なのだが、彼はそこから動かなかった。
「やっぱり、待っててくれたのね」
隠れているベタンゴを松明で照らし出すのは、ヤレンシャであった。
「しょ、しょうがねえだろ。お前を置いて逃げるって訳にもいかねえからよ」
すると徐にヤレンシャは自分の顔に指をかけ、そこからべりべりと皮膚を剥がし始めた。
その下から、別の顔が現れた。
「ああ、やっと解放されたー!」
剥がした皮膚を投げ捨て、清々しい笑顔を見せる彼女だが、ヤレンシャよりもずっと年上のように思われた。
「ミタンノ」
「何?」
「最後に出てきたあのマント野郎、お前の知り合いか?」
「知らないわよ! あんなのが飛び込んでくるなんて思ってもみなかったわ。だけどアイツ、父さんを助けてくれたよね」
「うむむ、得体の知れない野郎だ。一体、何が目的なんだ…」
「まあ、いいじゃない。そのマント君はともかく、“無情の犬”ってのは賞金稼ぎに間違いないんだから。とにかく逃げようよ」
数十日前、意気揚々とウベキアに乗り込んできた“焼け石に祈り”であった。
ミタンノはノルマルキ・ウベキア大学の学生になりすまし、学内の情報を頭領に流していたのだ。
その結果、目的は達せられず、部下を五人も失い、自身も足に大怪我を負って惨憺たるものとなってしまった。
「やれやれ、これからどうするか…」
「しばらく大人しくするしかないよね。父さんの怪我が治るまで、どこかでのんびり過ごすのが良いんじゃない?」
この後、ベタンゴとミタンノ父娘が何処へ逃げたのかは不明となり、“焼け石に祈り”が活動を再開したという噂すら聞こえてこなかったという。
翌朝、ノルマルキ・ウベキア大学は朝から大騒ぎになっていた。
本館の入り口に展示されていたニチリヤートの彫像が、一部破壊されていたからである。
人の手によるものなのは誰が見ても明らかな状況であった為、大学側は正規軍の駐屯所に被害届を提出した。
ところが、犯人はすぐに逮捕された。
賞金稼ぎの“無情の犬”が、怪我をして入院中の“焼け石に祈り”の面々五人がいると通報したからである。
彫像の破壊に使用された木槌も押収済みで、ヌーパルたちは逃げる事も出来なかった。
病院の廊下で毛布をかけられて一緒に眠っていたエルスとウリケは、院内が賑やかになってきたので、同時に目を覚ました。
ウリケは仲間に置いてけぼりにされたのをぶつぶつ愚痴りながら、病院を後にした。
エルスが病室に行くと、既にアミネは意識を取り戻していた。
彼女のベッドの隣で騒がしくイビキをかいているのは、看病疲れのゼオンであった。
彼女の額にはタンコブが赤々と膨れ上がっており、痛々しい。
「エルスが助けてくれたのね、ありがとう」
「ゼオンさんはずっと心配していましたよ」
「…そう」
彼女は昨夜の事について、ぽつぽつと語り始めた。
「…嫌な予感が的中して、あの連中がニチリヤートの彫像を壊している所だったのよ」
我を忘れたアミネは丸腰で“焼け石に祈り”の部下を止めようと突進し、返り討ちに遭ってしまったようだ。
「ニチリヤートって、グランサイドっていう今は滅んでしまった国の神様なの。だけど私が住んでいたヒャジャ・バーグでは、ずっと私たちの神様として祈りを捧げてきたの」
そのニチリヤートが壊されようとしていたので、頭に血が上ってしまったと彼女は自嘲した。
「情けないのはね、それでも力を使ってアイツらを止めようともしたんだけど、効いたのは一人だけだったの」
彼女が鼻声になったようにエルスは感じていた。
「こっちに意識を向けてない人たちに対して、意識させないようにするんだったらもっと人数が多くても出来るんだけど、意識されてたら途端にコレ。ホント、役に立たないったら」




