第3章「気を失っていました」【8】
「ほら、早く手伝って。近くの病院だから、コレで運んだ方が早いから」
ヤレンシャはゼオンにそう話すが、当の彼はアミネを前に呆けたままである。
そこでヤレンシャは、ゼオンの頬をぱちんと叩いた。
「しっかりしなさい! アミネを助けたいんじゃないの?」
「いや、もうアミネは…これじゃ、俺が旅を続けていく意味が無くなっちまった」
それどころか、自分自信が生きている意味さえ見失ってしまったと、この世の終わりのような表情でゼオンはそう言うのだ。
だからもう一度、ヤレンシャはゼオンを引っ叩く。
「アミネの胸をよく見なさい」
「む、胸って、こんな時にやらしい事なんか考えられるかよ」
「いいから、見ろっての!」
ヤレンシャはアミネの胸を指差した。
「動いてるでしょ! 彼女は立派に生きてるの! 気絶してるだけ!」
訳が分からないといったゼオンの横からエルスが身を乗り出し、アミネの足を持った。
「せーので乗せるわよ。せーの!」
アミネの上半身をヤレンシャが抱え、担架に乗せようとした。
だが、気を失っている人間は思った以上に動かない。
「もう一回、せーの!」
エルスとヤレンシャは懸命に、少しずつアミネの身体を担架の方へずらしていた。
ところが、ふと軽くなった。
そう、ようやくゼオンがアミネの身体を両手で床から掬い上げたのだ。
「ったく、最初っからやりなさいよ!」
担架の前をゼオンが、後ろをエルスが持つ。
エルスは先程までの戦いで疲労困憊ではあるが、そんな事は言ってられない。
「私についてきて」
“無情の犬”の面々は、倒れている“焼け石に水”の連中を馬車の荷台へ乱暴に積み上げていた。
それを尻目に、エルスたちは本館の入り口から出て、校門を抜け、病院へ急いだ。
確かに病院へはすぐに到着したが、診療が終わっているのか、明かりはついていなかった。
「中に人はいるから、大丈夫」
そう言うとヤレンシャは、病院の扉をガンガンと叩き始めた。
しばらくすると扉が開けられ、中から医者らしき人物が眠そうな顔を覗かせた。
「うるさいな…うおっ!」
僅かに開いた扉の隙間へエルスたちは担架をねじ込み、病院内へ侵入する。
「病人よ、さっさと診て!」
「何なんだ、こんな時間に」
医者は機嫌を悪くしていたが、ヤレンシャはそんな事は意に介さない。
「もたもたしてる暇はないわよ! 後からもう五人、追加で運び込まれるんだから!」
「え、五人?」
医者は目を丸くした。
アミネは“焼け石に水”の一員に木槌で殴られたであろう、大きなタンコブが頭に出来ていた。
ただ、外傷としてはそれだけで、頭に異常があるかどうかは、アミネが目を覚ましてから検査をするしかない。
その後はドリムザン率いる“無情の犬”が、ヌーパルを始めとする“焼け石に水”の五人を、これまた強引に病院へ運び込んだ。
看護師は自宅に帰っていた為、医者は一人で全てやらねばならず、ふらふらになっていた。
だが休もうとするとクルーフがそれを許さなかった。
ゼオンはまたもアミネのそばを離れなかったが、彼女が生きていると分かったので、その表情は先程とはずいぶんと変わっていた。
全員の治療が終わった頃には、すっかり空が白んでいた。
仕事を終えて疲れ果てた医者は、まるで病人のように余ったベッドに倒れ込んでいた。
「彼らの治療費は誰が払うんでしょうね?」
そんな心配をソムが口にした。
「軍が負担してくれるとは思えんな。こいつらの賞金で賄うしかなかろう。まあ、トントンといった所だな」
頭領を逃がしてしまった為、軍からもらえる報酬は半分かそれ以下だと見込まれる。
儲けがないから今回は赤字だとドリムザンは笑う。
「それより、ウリケはまたどこか行ったのか?」
「廊下で寝てるよ。もう一人の坊主と一緒にな」
クルーフの言う通り、エルスとウリケは廊下で並んで熟睡していた。
二人とも軽症は負っていたが、心配無用な元気そうな寝顔である。
「そういえば、もう一人女がいたはずだが、どこ行った?」
「さあ、見てませんね」
「フツーに帰ったんじゃねえのか?」




