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第3章「気を失っていました」【7】

「飲まれちゃダメだよ、エルス!」


 マントの男の背後にウリケが現れた。


 だがそれすらも、読んでいる。


 シュッと撃たれた剣を、ウリケは真正面で受け止めるのではなく、下から弾き上げる。


 床に一度着地すると、ウリケはすぐさま姿を消した。


 圧迫を受けていたエルスの心と身体が、ウリケの姿にほぐれていく。


 だがウリケが現れた瞬間、マントの男は彼の脇腹に蹴りを見舞う。


 彼の身体は宙を舞い、ニチリヤートの彫像に激突した。


 エルスが迫ってきた。


 空気を胸一杯に吸い込んで、マントの男に連撃を放つ。


 思い描くのは、あのステムに放った限りない数の連撃である。


 ところが、全然違う。


 すぐに止まってしまった。


 もちろん、撃った全てがマントの男に捌かれている。


 どうして、出来ないのか。


 反対に、マントの男の反撃は凄まじい。


 ヌーパルやベタンゴの攻めなど遊んでいるようなモノだった。


 ウリケの言った通り、強い。


 間違いなくステムよりずっと強い。


 エルスは避け切れず、袖と皮膚一枚を斬られた。


 突き刺す痛みに動きが鈍る。


 彫像の足元に倒れているウリケは気を失っているのか、身動き一つしない。


 ゼオンも固まったまま。


 もう絶交だな。


 しかしここで、マントの男の攻めがピタリと止んだ。


 エルスは反撃に転じる気力が湧かない。


「違ったな」


 マントの男が吐き捨てた。


「お前かと思ったんだが、それほどでもないな。ステムの実力は俺より下だが、お前程度の奴に負けるとは思えん」


 確かに、あの時は自分でも信じられないくらいに自信がみなぎっていて、勝てるとしか思わなかった。


 それなのに今日はどうだ、あの時のような自信は露ほども浮かばなかった。


「おいアンタ、僕はウリケだ。そっちの名前を教えろ」


 いつの間にか目を覚ましていたウリケが、床に這いながらも負けん気を見せていた。


「お前か、もう体力切れてんだろ。最後のは遅くなってたじゃねえか」


「次会ったら、必ず倒す」


 マントの男はニヤリと笑う。


「次? 次は無いな。お前ら、俺の顔を見たんだし、ここで殺すよ」


 だから名前を教える必要はないと、マントの男はまた笑う。


「残念だが、ここまでだよ」


 そこへ、入り口から飛び込んでくる三つの影があった。


 幅広の剣が閃き、マントの男を襲う。


 マントの男はそれを剣で受け止めたが、力に押されて足が後ろへ滑る。


 もう一人はウリケの前に、そしてもう一人はエルスの前に立つ。


「頭領、遅いって」


 ウリケの言う通り、マントの男に斬りかかっているのはドリムザンであった。


 ウリケを庇うように立つのはクルーフで、エルスの前にはソムがいた。


「お前、何考えてやがるんだ! 勝手にいなくなりやがって!」


 クルーフはかなり怒っている。


「わあ、蹴られたお腹が痛いよー」


「うるせえ、誤魔化すな!」


 マントの男から笑みが消えていた。


 ドリムザンの圧力を押し返す事が出来ず、どんどん後退させられている。


 今この状態で後ろから斬りかかって来られたら、ひとたまりも無い。


「ちぇっ」


 その途端、床に幾つもの白い球がコロコロと転がってきた。


「煙玉!」


 ソムが叫んだ時には球は破裂し、真っ白な煙が勢いよく充満していく。


 同時に、ドリムザンはガクッと手応えを失った。


「同士討ちを避けろ! 心配いらん、奴は逃げた!」


 煙で何も見えなくなった中で、ドリムザンの野太い声が響いていた。




 しばらくして煙が晴れてくると、確かにマントの男の姿は無くなっていた。


「逃げられましたね」


 ソムが残念そうに呟いた。


「ああ、だが何者か分からん奴の事など放っておけば良い。今はこの状況を処理せねばならんぞ」


 怪我をして倒れている連中が“焼け石に祈り”の面々なのはドリムザンにも察しが付いていた。


 彼は馬車を用意させ、怪我人をまとめて病院へ送るよう指示を出した。


 頭領のベタンゴに逃げられたのは、かなり痛いが。




 そんな中、こそこそともう一人が入ってきた。


 今度は女性である。


 彼女は担架を抱えてアミネと屍のようなゼオンの元へ近付いてきた。


「ようやく終わったわね」


 エルスも彼女の存在に気が付いた。


「ヤレンシャさん!」

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