第3章「気を失っていました」【4】
ベタンゴの部下のように、素人相手ではないのは間違いない。
だが、こちらにもゼオンがいる。
いくらアミネが心配で戦意喪失しているといっても、仲間が危機に陥っていたら助太刀してくれるだろう。
そこまでの相手ではない事を祈るが。
ヌーパルはもちろん素人ではない。
ウベキアの剣術大会で優勝したのがまぐれでないのは、ゼオンとの試合を見ているから確実である。
ただ彼は利き腕を骨折している。
そうでない方の手一本で剣を振り、まずエルスに迫り来る。
そういえばゼオンとの試合では、ヌーパルは敢えて受け身に徹していたように思い出された。
彼が防御に集中していたからこそ、ゼオンは攻めあぐね、苛立ち、無茶をしたのだ。
そのヌーパルが、今は攻めに転じている。
そしてエルスは、自身の油断を確信した。
先程倒したベタンゴの部下全員より、腕一本のヌーパルの方が手強い。
利き腕でない腕から撃ってくる剣が、なかなかに重いのだ。
片腕で良かったというしかない。
偶然であり結果論ではあるが、ゼオンが折っていてくれて助かった。
しかも、相手は彼一人ではないのだ。
背後からベタンゴが襲いかかる。
ヌーパルの剣を防ぎつつ、身体を一回転させてベタンゴの剣を捌く。
互いの剣がぶつかり合う金属音が、ヌーパルとのそれとは比較にならないほど大きかった。
腕力にものを言わせるタチらしい。
しかも、結構な重さであった。
衝撃がエルスの両手に強く響いていた。
何発も連続で受けるのは、かなり危険と思われた。
背後を取られたのは明らかに誤りであったが、これはヌーパルに誘導されたからに違いない。
二人の連携が取れている証だろう。
彼の攻めによって、エルスはベタンゴが攻めやすいように身体の向きを変えられていたのだ。
このまま二人に挟まれたままでは、苦戦するのは必至である。
防戦一方でも道は開けない。
ふっ、とエルスは息を吐く。
一瞬、ヌーパルの方へ斬りかかる。
ヌーパルは即座に身構える。
だが、狙いは彼ではない。
勢いをつけて身体を反転させ、ベタンゴへ太刀を浴びせる。
虚を突かれたのはベタンゴは、剣で防ぐのではなく、足を使って身体ごとエルスと反対側へ移動する。
「頭領、それは…!」
エルスの意図を汲み取ったのはヌーパルだけだった。
しかしそれも遅かった。
元々ベタンゴが立っていた場所にエルスが滑り込んだ。
彼の背後には、ニチリヤートの彫像があった。
これで後ろから撃たれる可能性は無くなった訳だ。
とはいえ、これは最も悪い状況から脱しただけの話である。
左右から剣が飛んでくるというのも、大きな不利である事には違いない。
「頭領、気を付けてください。彼は、エルスは優秀な剣士だし、頭も良いのです」
「余計な事は言わなくていい、集中しろよ!」
ゼオンは、動かないアミネを前に項垂れている。
あんな彼の姿を見た事がない。
などと言っている場合ではない。
「ゼオンさん!」
ゼオンはヌーパルの背後に位置している。
もしもの事が脳裏をよぎったヌーパルは、チラリと彼の方へ視線を送った。
「馬鹿野郎!」
ハッとヌーパルが首を戻したが、既にエルスは彼の手元に剣を撃っていた。
上段から振り下ろされたエルスの刃が、ヌーパルの皮膚と筋肉と血管を断裂する。
声にならない悲鳴を上げ、ヌーパルは持っていた剣を落とした。
「自分で言ったばかりだろうが! このガキはずる賢いってよお!」
“頭が良い”だったはずだが、ベタンゴにはエルスが“ずる賢い”と見えるのだろう。
ヌーパルは立っていられなくなり、身体を床に横たえ、激痛に悶えている。
出血も夥しい。
これは流石にエルスも心配になる。
だがこれでついに一対一になった。
「ガキ、てめえは一体何なんだ? 俺の部下を全員…あれ…まあいい、倒しやがって」
ベタンゴは剣の切っ先をエルスに向ける。
「こっちもよお、許すつもりはねえぞ!」
どうやらというかやっぱりというか、引き下がるつもりは無いらしい。
時折、空腹が頭をよぎるが。
大丈夫、こちらもまだ戦える。
「ソイツは僕がいただくよ」




