第3章「気を失っていました」【3】
ヌーパルは折れた方の腕をつったままである、嘘だとは思えない。
「こいつら、何者だ? まさか道場の知り合いじゃねえだろうな?」
いかにも気まずい表情のヌーパルは、重い口を開いた。
「そうです。あの、女性の傍らにいるのが、私の腕を折った張本人で、ゼオンといいます。で、そこにいる少年はエルスといいます」
「紹介なんざ、いらねえんだよ」
ヌーパルは更にシュンとする。
「俺が言った通りじゃねえか、怪しいってよお! こいつらは俺たちの邪魔をする為に道場へ潜り込んで、お前の腕をへし折ったんだよ! 賞金稼ぎだ、そうに違えねえ!」
「申し訳ありません。まさか真正面から接触してくるだなんて思いもしなくて」
「言い訳すんじゃねえ! 結果はどうだ、俺たちの計画は狂い、お前が見張りに回ったおかげで、こいつらはやられちまった。こんなんで、この像をぶっ壊せるか⁈」
計画、像を壊す、これはつまり。
「ヌーパルさん」
今度はエルスから。
「後ろめたい事をしているって事ですよね?」
「ま、まあ…そう…」
「見りゃ分かんだろうが!」
口ごもるヌーパルに痺れを切らしたベタンゴが、代わりに答える。
「これがどういう像なのか、知らねえのか? 周辺のいくつかの町で美術品の競技会が行われて、この像が金賞を取ったんだ。それが気に入らないってお方から、依頼が来たって訳だ」
説明してくれた、ベタンゴが。
「例えば、銀賞の人ですか?」
「うるせえ、顧客の情報を漏らせるか!」
像を破壊しろとか、相当恨みがあるように考えられるから、エルスは間違った答えだとは思わない。
「じゃあ、正規兵の警備が薄い今夜中に、この像を壊さなくちゃいけないって事ですね?」
「そうだね、この機会を逃すと大変だ。既にここまで壊しているから、朝になれば当然バレてしまうね。警備は強化されて、二度と手が出せなくなってしまうだろう」
実はこの大学に頼まれた、昼間は学生がいて危ないからこの時間にやっている、そんな嘘をつく事は可能だったはずだ。
しかしそんな説明はせず、止めに入ったアミネを力ずくで黙らせたのだ。
「僕は賞金稼ぎではありません」
ヌーパルとは、あくまで偶然の出会いである。
たまたまザムニワ剣術道場を訪れ、そこでたまたま剣術大会の優勝者がいると教えられたまでの事。
その後の、ゼオンが戦いたいという欲に駆られたのは、残念ながら必然の流れという他ないのだが。
だから、ヌーパルの腕を骨折させたのは、彼が破壊行為を行う者と知っての事では決してない。
「この像に対しても、僕には何の思い入れもないので、それを止めるつもりはありません」
ヌーパルは分からない、といった表情で首をかしげる。
「見逃してくれる、というのですか?」
もはやベタンゴの部下たちは使い物にならない。
現実的には今夜は諦めるしかない、たとえ次の機会が失われるとしても。
「それもアリかな、と思っています」
おそらくアミネを襲ったのは、今エルスが倒した中の誰かなのだろう。
もし剣を持っているベタンゴが手を下したのなら、斬られた跡があるはずだが、それはなさそうだ。
だとしたら、許せない相手を倒した今、これ以上戦う意味は無いのではないかと。
「ふ…ふざけるなよ、ガキが!」
やっぱり怒った、ベタンゴが。
「何が“見逃してやる”だ? こっちは目的も果たせず、しかもガキに情けをかけてもらって逃げるだと? そんなもん、誰が納得出来るってんだ!」
「ですよね」
「…? エルス、君は…」
「僕はいいんですけど、それでヌーパルさんたちを逃しちゃうと、きっとゼオンさんが怒ると思うんです」
どのみち、ヌーパルはともかくベタンゴはやらなきゃ気が済まないに決まっている。
「ヌーパル、抜け! 片手でもやれるだろうが!」
「エルス、君は回りくどいよ」
「そうですね」
可能性は低くても、戦わずに済む方が良いとエルスは心底思っていたのだが。
頭領の命に従い、ヌーパルは利き腕でない方の手で剣を抜いた。
とはいえ、剣を持った者が二人。
ベタンゴの実力はまだ分からない。




