第3章「気を失っていました」【1】
校門の扉から外へ出たところで、テキュンドはエルスとゼオンの二人に出会う。
「おや、君たちは…。そうか、アミネを迎えに来たんだね」
「アミネはまだ中にいるのか?」
「うむ、その通りだよ。勉強は終わったんだが、本館の入り口が気になると言って、そちらに走って行ってしまったんだ」
エルスとゼオンは顔を見合わせた。
これまで勉強が大変でついていけないという愚痴は聞いてきたが、本館の入り口についての話が彼女の口から出た事はなかったのだ。
「ヤレンシャも一緒だから心配はいらんだろうが。いや、どうかな…」
「とにかく、中へ入りましょう」
エルスは早速扉を抜けようとしていたが、ゼオンは辺りをきょろきょろと見渡している。
「ああ、今夜は門番はおらんよ。駐屯している正規兵のほとんどが休みだからね」
「おお、そういえばそうだったな! じゃあ、遠慮なく入らせてもらおうぜ!」
ゼオンにとっては教科書を運び入れて以来の校内であり、それを喜んでいた。
テキュンドに見送られ、エルスとゼオンは本館を目指した。
大学構内はそのほとんどが真っ暗であったが、本館の入り口だけは明かりが灯っていた。
エルスとゼオンが近付くと、中から乱暴に物が割れる音が聞こえてくる。
「何だ、皿でも割ってるのか?」
ゼオンはそう言ったが、エルスは首を傾げた。
大学の入り口で皿を割るなんて、しかもこんな時間にだ。
足を踏み入れてエルスは目を見張った。
複数の人間が大きな彫像を木槌で叩き、壊しているのだ。
床にはその欠片が散らばっている。
「何やってるんだ?」
この二人に気が付いたのは“焼け石に祈り“の頭領ベタンゴであった。
「おいおい、一体なんだってんだ? また余計なのが来やがったじゃねえか!」
頭領の叫びに、作業中の部下は手を止めた。
「お前ら、邪魔だ。さっさと出て行け」
「こっちは人を探してんだよ。アミネって女が来なかったか?」
「いちいち知るかよ、そんなの」
「ゼオンさん…!」
「あん?」
エルスが指差した先には、床に仰向けに倒れている女がいた。
ゼオンの顔色が変わる。
「アミネ!」
彫像の欠片を踏み付けながら、ゼオンはアミネの元へ駆け寄った。
「おい、アミネ! おい!」
ゼオンの大声にも彼女は反応を示さず、目を閉じたままだった。
「なんだ、それがお前らの知り合いか?」
ベタンゴはどうでもいいといった具合にエルスの方を見た。
「アミネ、ああ、どうしよう…目を開けないぞ…」
動かないアミネを前に、ゼオンは明らかに狼狽えていた。
「ニチリヤートを壊すなとか何とか、キーキーと喚いてやがってうるさかったから、黙らせてやったんだ」
まるで悪びれる様子もなく、ベタンゴはうっすらと笑みまで浮かべている。
「エ、エルス、どうしたらいい? アミネが、アミネがよう…」
「落ち着いてください、ゼオンさん。気を失っているだけかも知れません」
「だけど、こんなに呼んでもおきないんだぞ? まさか、まさか…」
「頭を打ってるかも知れません、動かさない方がいいです」
彼女の肩を掴んで揺すろうとするゼオンを止めて、エルスはベタンゴの方へ向き直った。
大丈夫、冷静だと呟く。
「おい、何だ、その目は?」
エルスの態度が気に入らなかったのか、ベタンゴも表情を変えていた。
「仕事ですか?」
「ああん? その通りよ、俺たちは仕事中なんだよ」
「アミネさんがその邪魔をしたから、暴力を振るったって事ですね?」
ベタンゴのこめかみに血管が浮かぶ。
「ああ、そうだよ! 俺たちは急いでコイツを木っ端微塵にしなくちゃならねえってのにだな、あの女がやかましく騒ぎたてやがるんだよ! だから黙らせたんだ、それが悪いか⁈」
頭領の今日イチの怒号に、部下たちも戸惑いを隠せない。
「悪いかどうかは知りません」
エルスは剣を抜いた。
「ただ、許せません」
「おい、お前ら!」
今度は部下たちに怒声を浴びせる。
「コイツらも黙らせろ! 特にこのガキはとことん痛い目に遭わせてやれ!」
部下たちは揃って顔を顰めていたが、仕方なく木槌を構えてエルスに近付いていく。




