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第2章「学生になりました」【10】

 それでも虚ろな目のアミネの肩を掴み、ヤレンシャは揺すってみた。


「あ、ええ、ヤレンシャ?」


 ようやく彼女の目が丸く開いた。


「気の抜けた声してないで、さっさと帰りましょう!」


 テキュンドの方も睨みつつ、ヤレンシャはそう命じた。


「仕方がない、続きは明日にしよう」


 ヤレンシャはテキュンドとアミネを追い立てるように書斎から退出させた。




 別館から出た三人だが、アミネはふと立ち止まる。


「本館に灯りがついているわ。誰かいるのかしら?」


 テキュンドの目にも、確かに本館の入り口からうっすら灯りが漏れているように映った。


「本館には事務員も大勢いるから、誰か残っていても不思議じゃないよ」


「その通り、教授もたまにはいい事おっしゃいますね! あれは気にせず、出ますよ!」


 しかし、アミネの足は動かない。


「嫌な予感がする…」


「何を言ってるんですか? 気のせいに決まってますよ」


「ニチリヤート…!」


 本館の入り口に何があるのか、アミネは思い出した。


 その途端、アミネの身体は本館の方へ向かい、走り出していた。


「おい、アミネ? 一体どうしたんだ」


 テキュンドが心配そうに眺めているが、その前にヤレンシャが割り込んだ。


「教授はお帰りください。これ以上、二人も面倒みるのは勘弁してください。アミネさんは私が責任持って送っておきますから!」


「う、うむ。明日も仕事があるからなあ。じゃあ、頼んだよ、ヤレンシャ」


 テキュンドが門扉の方へ消えていくのを見届けた後、ヤレンシャはアミネの姿を追った。


 だが既に彼女は本館に入ってしまったようである。


「まったく、世話が焼けるわね。帰れなくなっても知らないからね」








 夜になればウベキアの役所も職員は全員退所し、建物は真っ暗になっていた。


 その建物を物陰から監視しているのは、ドリムザン率いる“無情の犬”である。


「奴ら、本当に来るんだろうな?」


「来ますよ、ここに来るまでだって正規兵の姿なんて一人も見なかったでしょう? 

絶好の機会なんですから、必ず“焼け石に祈り”は実行します」


「そうじゃなくてよ、他の所へ行ってるんじゃねえだろうなって話だよ。俺たちの読みが間違ってたとか」


 彼らが長い時間、待ちぼうけを喰らっているのは事実である。


「俺は、十中八九ここだと確信しているぞ。ソムでもクルーフでもなく、俺が決めたんだ。これが間違いだったって言うなら、それは俺の責任だ」


 エプの塔は建物が古いだけで、ロールカ美術館には価値のある美術品はないし、ノルマルキ・ウベキア大学の彫像は大き過ぎて運ぶのには骨が折れる。


 だから、盗むのであれば役所に展示されている国王からの書簡に違いないとドリムザンは確信して、ここに張り込んでいるのだ。


「あれ…?」


 ソムが何かを探している。


「どうした、落とし物でもしたか?」


「いないんです…」


「あん?」


「ウリケが」








 “焼け石に祈り”の面々は、手に手に大きな木槌を持っていた。


「おい、全然捗らないじゃないか! もっと真剣にやれよ!」


 彼らが振るう木槌が叩くのは、大きな彫像であった。


 そう、ここはノルマルキ・ウベキア大学の本館入り口である。


 ここには本学の卒業生が在籍時に作成したニチリヤートの彫像がある。


 それを彼らは木槌で叩き続けているのだ。


 まるで破壊しているかのよう。


「頭領、こいつはなかなか頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにありません!」


「馬鹿野郎、泣き言ほざいてる場合か! これが成功したら、いくら貰えるのか分かってるだろう! 全員が二十年は遊んで暮らせる額だ、お前ら欲しくないのか⁈」


「そりゃ、金は欲しいけどよ」


 いつもなら、彼らは盗む専門なのだ。


 それが、今回は破壊が目的のようである。


「何でもいいから、粉々になるまで砕くんだ! ぼやぼやしてると夜が明けちまうぞ!」




「やめなさい!」


 女の声が響き渡った。


 驚いて“焼け石に祈り”の面々は木槌を握る手を止めた。


「誰…?」


 見慣れぬ女がそこにいた。


 アミネである。


「それは、学生が作った大切な彫像で、ニチリヤートで、だから、勝手に壊すなんて許されないわ!」

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