第2章「学生になりました」【8】
そもそもエルスは二刀流ではないので、ピルセンの剣技がどんなものかは参考にならない部分もある。
本人の前では言わないが、既にエルスは自分を追い抜いているとゼオンには分かっていた。
その彼がピルセンは遥か彼方だと言うのだから、ゼオンにとっては更に上空なのだろうという事も。
「だが、どれだけ時間がかかっても、俺は目標のピルセン様に追い付くための努力を辞めねえ」
だからアミネも辞めるな、という事なのだろう。
「別に、辞めるだなんて言ってないでしょう?」
スプーンですくったスープを口に入れたアミネは、スプーンを咥えたままでそう言った。
「そうだったか?」
「そうよ。ただ時間がかかるけど、待っててほしいって話」
「いいですよ、急ぐ旅ではないし」
出来れば早い方がいいのだろうが、それをどうこう言うつもりはまるで無いエルスである。
「お、俺もだ。アミネが気の済むまでやりゃあいいじゃねえか」
「ありがとう、二人とも」
だけど、と彼女は続ける。
「その間、二人はどうするの? 時間を持て余しちゃうでしょう…」
「俺たちの事なら心配いらねえぞ。剣の稽古なんてのは、どこででも出来るからな」
道場に通っている事は伏せておくつもりのようだ。
それを話す事によって、ヌーパルとの一件が露呈しないとも限らない。
その危険を防ぐ為だから、いつになくゼオンも慎重になっているのだろう。
数日後、ウベキアの西にある一軒の民家。
ここでまた、“焼け石に祈り”の定例会議が行われていた。
「気のせいかも知れないけれど、賞金稼ぎの連中が嗅ぎ回ってるなんて事、無いわよね?」
一員である女が、不安に感じ始めた事を口にする。
「何かあったのか?」
ベタンゴが尋ねる。
「おかしいのよね。“別人みたいだ”なんて言われるし、おかしな女が紛れ込んで来たし」
「それが賞金稼ぎだってのか?」
「分からないけど」
だったらともう一人、怪我を負った男も手を挙げる。
「私の所にも、おかしなのが通う事になりました。何を隠そう、私に怪我をさせた人物なのですが。その罪滅ぼしに、私の代わりに働くというのです」
「もしもそれが賞金稼ぎなら、お前にわざと怪我を負わせたという事も考えられるな」
かといって下手に動けば怪しまれてしまうので、これまで通りに振る舞って様子を見るしかないとの結論に至る。
「どちらにせよ、まもなく決行の日が来る。もしもその連中が賞金稼ぎだとしても、奴らの方も探りを入れてる段階だろう。尻尾を掴まれる前に全て終わるさ」
一方”無情の犬“は酒場ではなく、小綺麗な料理店であった。
物静かな雰囲気の為大きな声は出せないが、クルーフは眉を顰めっぱなしであった。
「薄すぎるな、全く味がしねえ。これだからお上品な店は嫌なんだよ」
それでも目立たないように囁いている。
「俺たちよりも“焼け石に祈り”の方が先にウベキアで動き始めている。だから、いつ奴らが決行してもおかしくない状況だ」
頭領ドリムザンは、決行の日と場所を絞り込まなくてはならないと言う。
「ならば、こういう日はどうでしょう」
ソムが口を開いた。
「駐屯している軍兵が多数、休暇になる日があります。もちろん全員ではありませんが、巡回に人員を回せなくなるので警備がどこも手薄になるでしょう」
「本当かよ? だがその休暇ってのは何十日に一回あるんだろ、これまでやってこなかったなら、今度のソレに決行するって言えるか?」
「いつもとは違うんですよ。この日は普段の倍の兵が休暇になるんです。夜になれば、さらに減ります」
この機を逃す手こそないのではないかと、ソムは自信を持って三人を見渡した。
「じゃあ、やる日は決まりだね。あとは場所だよ、どうするの?」
“焼け石に祈り”が行動を起こす日こそが、一網打尽にする絶好の機会なのだ。
しかし、相手は少なくとも七人はいるはずである。
四人しかいない“無情の犬“が複数の場所に人数を分けるのは、無理がある。
戦闘力や逃げ足の早さなどが未知数の為、四人全員で挑むべきであろう。




