第2章「学生になりました」【7】
ヌーパル自身は元々趣味でこの道場へ通っていたのだが、他の門下生へ指導をする事によって道場から謝礼ももらえるので、悪くないと答えている。
「だからそこまで気にしないでください」
笑顔のヌーパルに頭の上がらないゼオンだが、許してもらえてホッとした表情も見せている。
「だけど、困った事があります」
これはヌーパルというよりは、道場側の話である。
「ヌーパルさんと試合をさせてくれと言う人が、まだ時々やってくるのです、ゼオンさんみたいに」
道場の青年が皮肉混じりにそう言うが、ゼオンは言い訳も反論もせず恐縮している。
この態度がいつまで続くやらと、エルスは首を傾げる。
「肝心のヌーパルさんが試合で怪我をしたとあっては、そういう人たちに“大した事ないな”と思われてしまいます」
それだけならいいのだが、その噂が広まってしまうと、道場の信頼がガタ落ちになるというのが心配なのだとか。
「よし、分かった」
徐にゼオンは顔を輝かせ、青年に案内してもらい、道場主の元へ向かった。
もちろんエルスもついていく。
困り事を解決する妙案があると、ゼオンは道場主に切り出した。
「俺たちが相手をしよう。ヌーパルと戦いたければ、まず俺たちを倒せとな」
ゼオンとしては自分に出来るのは、やはり剣だけだと自覚しているので、迷惑をかけた償いは剣で返すしかないという所なのだ。
それはともかくエルスが気になったのは、ゼオンがしきりに“俺たち”と言っている所である。
「万が一という事も無いとは言い切れん。念の為、このエルスもお付けしよう。貧弱に見えるが、剣の腕は突出してるから」
ゼオンがエルスの肩に手を置いた。
もちろん、エルスにとっては寝耳に水であった。
「そんなの、勝手に決めないでください」
「まあまあ、いつも素振りばっかりじゃ稽古に身が入らんだろ? どんな相手でも実戦の方が経験になるはずだ」
道場主も先日のヌーパルとゼオンの試合を見ているので、ゼオンの腕は知っている。
そのゼオンが障壁となってくれるなら、願ったり叶ったりだと彼も手放しで喜んでいる。
道場の人々の嬉しそうな姿を見て、断りにくくなってしまったエルスは、渋々首を縦に振った。
テキュンドの書斎では、アミネが教授から熱心な指導を受けていた。
実質、資料の本を読んでいるだけではアミネは眠ってしまうので、講義の合間の僅かな時間でも、テキュンドは熱弁を振るうのであった。
当のアミネは、だからといって速攻理解出来るようになるかというと、そんなに世の中甘くない。
頭の中が破裂しそうになりながら、今日の勉強を終えた。
「思ったよりも時間がかかりそうなんだけど…」
夕食の時間に、アミネがぽつりと呟いた。
エルスとゼオンは顔を見合わせた。
「私が翻訳しなくちゃならないなんて、全く想定してなかったんだけど、そうは言ってもやると決めたからにはちゃんとやるつもりよ。だけど、頭がついていなかくて」
「弱音を吐くな、アミネ」
肉を飲み込んで、ゼオンが言った。
「分かっちゃいるだろうが、俺も勉強はからっきし駄目だ。だから勉強の助言は出来ねえが、剣でなら言える。俺も二刀流を身に付けるまでは相当時間がかかった」
子供の頃は剣一本だけで修練に励んでいたゼオンだが、ある時バド国のピルセン・ヌレイエフの存在を知って大いに彼に憧れ、二刀流の道を選んだのだとか。
「最初は全然上手く出来なくてな、一本でやってる時より試合に勝てなくなっちまった。周りからも“向いてない”とか”一本に戻せ”とか散々言われたもんだ」
しかしゼオンは辞めなかった。
「ピルセン様のようになるんだ、そう決めてたから、辞めようなんて思わなかった」
少しずつだが上手くやれるようになったと感じ始めたのは、二刀流を始めて数年経った頃だという。
「今でも決して満足はしてねえ。ピルセン様の足元にも及ばねえんだろうと思ってる」
正味、ゼオンはピルセンの剣技を見た事は一度もないのだ。
だが、愛弟子だったエルス曰く、“あの方は化け物です”と今まで何度も聞いてきた。




