第2章「学生になりました」【6】
初めてニチリヤートの彫像を前にした日、彼の姿もアミネは見ていたのだ。
「わあ、一瞬だったのに、気付いたんだ。凄いね、お姉さん」
一瞬という意味がよく分からなかったのだが、それよりも年下の男の子に褒められるのは新鮮に感じた。
同じく年下のエルスとは長く一緒にいるのだが、褒めてもらった記憶がない。
「ここの学生…じゃないみたいだけど、よく来るの?」
「二回目だよ。お姉さんも大学生には見えないけど、何しに来てるの?」
そんなに違って見えるのかと、複雑な気分になる。
「そ、そうね、実は私はここの学生ではないんだけど、少しの間だけ勉強しに来てるのよ」
“実は”とか、もうバレてるのに。
「ええっ? わざわざ? 学生じゃないのに? 勉強好きなの?」
少年は目を見開いて驚いている。
表情が大きく変わるんだと、これもエルスと比べてしまい、新鮮さを覚えた。
「勉強は好きじゃないんだけど、どうしても必要だから仕方なく…」
本心から、勉強をする気などさらさら無かったのに、どうしてこうなってしまったのか。
果たして今の調子で『大いなる呪術』を読み解く事など出来るようになるのだろうかと不安でしかない。
「目標を達成する為に勉強を頑張ってるんだー。凄いね、何だか尊敬する!」
そんなの一つもエルスから言われた事がない。
「僕はウリケ、お姉さんは?」
「私は、アミネ」
「アミネ、可愛い名前だね」
ほら、また。
「アミネはこれからも勉強に来るの?」
「う、うん。もうしばらくは通うの…かなあ」
「大変そうだけど、頑張ってね。応援してるよ!」
「うん、ありがとう」
「あ、ここにいた」
外からヤレンシャが入ってきた。
どうやらアミネを探していたらしい。
「ちょ、ちょっと気分転換に来てただけよ。今、戻ろうとしてた所だから」
「そうですか、良かった。ひょっとしたら帰っちゃったんじゃないかと心配してたんです」
「そ、そんな訳ないじゃない。あ、じゃあウリケ、私は…?」
アミネはウリケのいた方へ振り返ったが、彼の姿は見えなくなっていた。
「嘘、あれ?」
「どうかしたんですか?」
「あの、ここに男の子がいたんだけど、エルスと同い年くらいの。でも、いなくなっちゃった」
「私、アミネさんしか見てませんけど」
「そ、そう? 本当にいたんだけど」
「そういえば、この前もそんな事言ってませんでした?」
「だって、その時と同じ男の子だったから」
「はい、そういう子がいたんですね。じゃあ、書斎へ戻りましょうか。勉強を続けないと」
嘘などついていないのだが、ヤレンシャには軽くあしらわれてしまった。
どちらにしても見つかってしまった以上、戻らなくてはならない。
アミネは渋々、ヤレンシャの跡についてテキュンド書斎へ戻って行った。
ウリケは大学の敷地を囲む塀の外にいた。
今日は忙しい、他のお宝候補の場所も回らなければならないからだ。
「女の人も賞金首になるんだよね」
ウリケはぽつりと呟くと、次の場所へと足を速めた。
“ザムニワ剣術道場”、この看板を見上げるのは、エルスとゼオンの二人であった。
そしてゼオンは深く深くため息を吐く。
「いつまでもここにいたってしょうがないですから、行きますよ?」
「いやあ、ホミレートでも人に謝ってたなあと思って、我ながら呆れてる所だ」
そういう事を言うようになったのなら、今回の件についてちゃんと考えたのだろうと、多少はゼオンを見直した。
とはいえ、それはこれから怪我をさせたヌーパルに真摯な姿勢で謝る事が出来るかどうかが混みなのだが。
道場に入ると、先日と同じ青年が出迎えてくれたのだが、些か違うのは、今日の彼は表情がやや強張っているように思われた。
さもありなん、また試合をさせろだのと無茶を言い出すのではないかとの警戒心が混ざっているのだろう。
「あの、ヌーパルさんはいらっしゃいますか?」
恐る恐るゼオンは尋ねた。
「ええ、先程来られたばかりです」
青年の話では、ヌーパルは骨折しているので稽古は無理だが、講師に頼まれて他の門下生に剣技を教えるように頼まれ、彼はこれを快諾したのだとか。




