第2章「学生になりました」【5】
ウベキアの町、西にある一軒の民家。
ここが“焼け石に祈り”の秘密の集会所となっていた。
普段は頭領ベタンゴが借家として、寝泊まりに使っている。
他の面々はそれぞれ一人ずつ別の家等を借りて、この町の住人として暮らしている。
そうする事によってこの町に馴染み、昼間でも怪しまれずに行動出来るのだ。
もちろん家の借り賃やその他諸々の生活費がかかるので、職に就いて収入を得る必要がある。
本人たちもこそこそしなくていいので、心にゆとりを持つ事が出来るというものだ。
彼らは数日に一度、ベタンゴの家に集まってはここでの生活で知り得た情報を持ち寄って、互いに交換するのだ。
今日がその日なのだが、いくらかベタンゴが機嫌を損ねている。
「決行の日が近付いているってのに、お前ら自覚あるのか?」
面々は静まり返っていたが、一人だけ口を開いた。
「すみません、頭領。こんな大事な時に怪我をしてしまって」
「ああ、冗談じゃねえよな。お前、自分の役割を理解してるのか? いざって時にお前が戦えないんじゃ、俺たちはどうやって逃げ延びるんだ⁈」
「私は今回、見張り役にまわります。戦いは他の皆んなで頑張ってもらった方が」
怪我をした男は、あらためて他の面々に謝罪した。
「頭領、こうなった以上は仕方ない。役割を変えて対応していくしかないだろう」
ベタンゴは舌打ちを繰り返す。
「まあいい、それは後でお前らで決めておけ。話を進めるぞ」
「…軍の動きは特に変わってない。警戒を強化している様子もなく、兵を増員しているという話も聞いてない」
「つまり、軍は私たちの存在を確知してないって事でいいのよね?」
「いや、あくまで“動いていない”って話だ。気付かれている可能性は捨てない方がいいし、他の連中に任せているかもよ」
「俺たちの臭いを嗅ぎつけて、流れ込んでるってのは考えておかなきゃならないだろうな」
「そもそも、お前を怪我させた相手はどうなんだ、怪しくないのか?」
「彼らですか、しかし私の素性を分かってて接触してきたとは考えにくい」
「だけど、結果戦力を一人削がれたんだから、無視って訳にもいかないんじゃねえのか?」
「ふむ、何かあるかもしれませんね。一応注意はしておきます」
ハモリオ印刷所のフガンは得意先への納品を終えて、会社へ戻る所であった。
馬車に乗り込もうとした時、その近くで自分を見つめる人物の存在に気が付いた。
マントで全身を覆い、フードを被っているので、どんな顔なのかも分からない。
気味が悪いと思ったフガンは、そそくさと馬車に乗り込んで出発しようとした。
だが次の瞬間、マントの男が彼のすぐ隣に立っていたのだ。
「わ…」
「フガンだな?」
聞き覚えはないが、その声は自分より若そうに思われた。
「だ、誰だ?」
「最近、身の回りでおかしな事は起きてないか? 誰かにつけられてるとか、家の周りで見張られているとか」
「何だ、そりゃ? 私はただの印刷所勤めだ、監視されるいわれなどないぞ」
マントの男は頭を右に傾けた。
「へえ、じゃあ心当たりもないって?」
「いい加減にしてくれ、私は仕事中で忙しいんだから!」
フガンは急いで手綱を握って馬を歩かせ、マントの男を置き去りにした。
フガンを見送ったマントの男は路地の日陰に身を移した。
「やれやれ、困ったな。ようやくアイツを見つけたまでは良かったが、それ以上の情報がまるでないんじゃ、動きようがない」
ノルマルキ・ウベキア大学では、アミネがテキュンドの書斎で、今日も資料の本をじっくり読まされていた。
現在は二冊目なのだが。
集中して読もうとすると、すぐに睡魔が襲ってくる。
負けじと両眼を大きく開いてみるのだが、気が付くと眠ってしまっている。
眠気覚ましに書斎を抜け出して本館へ行き、ニチリヤートの彫像を眺めていた。
「ねえ、この像を好きなの?」
突然、声をかけられた。
驚いて周囲に目をやると、階段の近くに一人の少年がしゃがんでこちらを見ていた。
「そうね…、私には大事な神様なの」
「へえ」
「あの、君はこの前もいたよね?」




