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第2章「学生になりました」【4】

 広い館内には、年代や画家や大きさも様々な絵画が百点以上展示されていたという。


 ソムはこれといって美術に詳しくないので、美術館の職員に尋ねてみた。


「値段を付けるというなら、年代の古い物がそれなりに高いらしいのですが、有名な画家のものはなく、驚く程の高額な絵はないようです」


 “焼け石に祈り”の一員がいるかというと、正直分からなかったようだ。


「何しろ、客の全員が絵を見ているだけでしたから。特に一枚の絵に執着しているとか、おかしな動きをしている者もいなかったように思われます」


 仮に本人がいたとしても、見逃してしまったかも知れないとソムは声を落とす。




 ウリケはノルマルキ・ウベキア大学へ行き、彫像を確認してきた。


「あれはデカくて重そうだったよ。あんなの盗むなんて、かなり無理でしょ」


 人はいなかったのかとドリムザンに尋ねられると、いるにはいたと答える。


「階段の上に男の人と女の人が喋ってて、彫像の前で女の人がぼーっとしてた」


 ここまで収穫なしか、とクルーフが天井を仰ぐ。




 頭領ドリムザンは役所へ赴き、国王ラボネシから贈られたという書簡を見てきた。


「ここが町として認められた時に、お祝いとして贈られたものだそうだ。まあ、どこの町でももらえるそうだが」


 とはいえウベキアにとってはお宝である事に違いない。


 書簡は立派な額に入れられて、窓口の近くに展示されているようだ。


「役所だからな、人の出入りは多い。便箋一枚だし、額ごと盗むとしても一人ででも運べる」


「価値や盗み易さからいって、本命って所でしょうか」


「“焼け石に祈り”はいたの?」


「あくまで一瞬だが、額の裏側を覗き込んだ男がいた」


「どうやって固定されているかを確かめたって事かよ?」


 かも知れないとドリムザンは呟いた。


「だが、国王の書簡がもしも紛失しようものなら、役所の人間全員クビになるだろう。ウベキアへの印象もガタ落ちになる。役所に的を絞ってもいいと俺は考える」


 町への打撃の大きさを考慮すれば、クルーフやソムにも異論はなかった。




「ねえ、コココチの木はどうするの、誰も見に行ってないよね?」


 するとドリムザンとソムは口をつぐんだ。


「それは、もういい」


 クルーフがウリケを止めた。

「どうしてだよ、二人で探してきたじゃん!」


「彫像と同じだろ、あんな大木をたった七人だけで運べると思うのか?」


「そーれーはー…」


「いや、分かった」


 ドリムザンが手を上げた。


「確かめもせずに可能性を潰す訳にはいかんな。明日、俺が見てこよう」


「わざわざ頭領が行かなくても、私が行きますよ」


「いや、俺は今日役所へ顔を出している。用もないのに連日行くのは、役所の人間に怪しまれる。だから役所はお前らに任せる」


「じゃあ、よろしくね、頭領!」






 今日の勉強は終わったが、アミネは宿へ帰るのも憂鬱だった。


 両足を引き摺らなくては前へ進めない状況である。


 何とも途方のない道へ足を踏み入れてしまったと、後悔が土砂崩れのように押し寄せていた。


 ただ、そう簡単に音を上げる姿をエルスやゼオンに見せる訳にもいかなかった。


 ここウベキアへ来たのは、『大いなる呪術』の翻訳、それだけの為なのだ。


 その為に遠回りをしているのだ。


 もう辞めたいなどとは、自分から言い出せそうにもない。


 お腹はぺこぺこだし、疲れている。


 しかしエルスたちに会うのも辛い。


 がっくりと項垂れ、足をずるずると引き摺る姿は、通りにいる子供たちを怯えさせていた。




 翌朝、静かに朝食を終えたアミネは、やはり黙って宿を出て行った。


 見送ったエルスとゼオンだったが、彼女が元気そうには到底思えなかった。


「何かあったのか?」


「勉強が大変って言ってたじゃないですか」


「そうだっけか?」


 昨晩に限っていえば、ゼオンはアミネよりエルスの方に注意が向いていた。


 口止めはしたものの、エルスがザムニワ剣術道場での事をアミネに告げ口するのではないかと、気が気ではなかったのだ。


「ゼオンさん、僕たちも出かけましょう」


 今日はあらためて、そのザムニワ剣術道場へ謝罪に行くつもりなのだ。

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