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第2章「学生になりました」【3】

「いや、お前とそんな、戦うとか、そういう訳じゃねえんだ」


「じゃあ、何が言いたいんですか?」


「アミネには、黙っててもらえねえか」


「怒られるからですか?」


 そんな話を聞けば、アミネは当然怒るに違いない。


 この町に来た理由が全部彼女の希望だったからだとしても、道場に見学へ行って、自ら戦いを望み、相手に大怪我を負わせたのだ。


「こんなのバレたら、また口をきいてもらえなくなるじゃねえか。分かるだろ?」


 想像に難くない。


 それはそれで面倒なのも、いつもの事だとエルスの頭の中もどんよりする。


「ゼオンさんのやった事は、いけない事だらけでしたよね?」


「ま、まあ、そうだな」


「そもそも、見学だけの予定でした」


「いや、それは本当にそのつもりだったんだ」


「きっとザムニワ剣術道場の人も、見学者に試合をさせるなんて今までやってこなかったんじゃないでしょうか」


「だろうな。あれは、自分の我を押し付けてしまった」


「相手をその気にさせる為に、何の確証もない言葉で挑発した」


「普段は頭悪いくせに、あの時だけは何故かああいうのが浮かんできて、失礼にも程があるな」


「ヌーパルさんが上手いから攻めあぐねて、ゼオンさんはどんどん苛立っていた」


「いや、あの時は俺の方が凄く調子が悪かったんだよな」


「………え?」


「あっ! いやいや、違う! ヌーパルが上手くて俺が下手だった、それだけだ」


 普段なら“自分が下手”だなんて言うはずないのだが、これ以上エルスを怒らせたくないのだろう。


「たぶんアミネさんは、それどころじゃないでしょうから、今回は秘密にしておきましょう」


 ゼオンの身体から、余計な力みが消えていく。


「ああー、恩に着るぜエルス、いやエルス君、違うな、エルスさん、これもちょっと…エルス様!」


「調子に乗らないでください。明日、あらためて道場とヌーパルさんに謝りに行きますからね」


「と、当然だな、おう」




 ノルマルキ・ウベキア大学。


 テキュンドの書斎。


「アミネさん、ずっと頭を抱えながら帰っていきましたよ」


 今日一日、アミネは本と睨めっこであった。


 テキュンドが講義の為に席を外している間、彼女は『大いなる呪術』解読の為の参考書をひたすら読み込んでいた。


 とはいえ、その内容は彼女にとってちんぷんかんだった。


 講義を終えて書斎へ戻ってきたテキュンドは、彼女に“どこか分からない所はあるか”と尋ねた。


 ところがアミネは不明な点を一つも挙げられなかったのだ。


 何しろ、全て分からなかったのだから。


 疲れ果てて書斎を後にするアミネを見て、ヤレンシャも同情しているようだった。


「そうかね」


 その一言の後、しばらく沈黙が続いた。


「…まあ、やった事のない分野の勉強をしようとすれば、最初はそんなもんだよ。そのうち慣れてくるさ」


「明日、ちゃんと来ますかね?」


「ほほう」


「…えっ?」


 またも沈黙。


「ヤレンシャ、君は変わったねえ」


「な、何ですか、いきなり」


「元々君はあまり他人に関心を示す方ではなかったのに、今はアミネの心配をしているじゃないか」


「あんな姿を見たら、誰だって気になりますよ」


「以前は学校も休みがちだったのに、今はきちんと登校しているし」


「私、そんなに休んでましたっけ?」


「一日おきや二日おきには休んでたよ。休む方が多い時もあったんじゃないかね」


「あー、あれですよ。それこそ“慣れ”です。私もこの大学に慣れてきたので、ちゃんと来れるようになったんです、ええ」


「まるで、別人のようだよ」


「大袈裟ですよ」




 今夜はまた別の酒場で、“無情の犬”の四人は作戦会議を開いていた。


 この町のお宝を確認に向かい、その経過報告が行われている。


 まずはクルーフ。


「エプの塔だが、あまりお宝って印象は受けなかったな。何しろ観光の名所にしたい割には、辺りは草がぼうぼうで、塔自体もカビだらけで汚いとしか感想がねえよ」


 彼が行った時には、誰も見物客はいなかったのだとか。


 次はソム。


「ロールカ美術館は、それなりに人の姿がありましたね」

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