第11章「逆転を担う」【8】
印刷所で人が死に、ここ一般家庭でも。
この大罪を、あの連中が?
「確かに私は逃げて来ました」
妻マニーサの亡骸を前に、フガンは肩を落としたまま口を開いた。
「名前を変えて各地を彷徨いながら、この町へ逃げ込みました。しかし知人の一人もいないのですから、仕事どころか住む所すらなかなか見つかりませんでした」
市場を端から端まで歩いてみるものの、一文無しなので何も買えず、物欲しそうに歩くだけであった。
そんなフガンの腹の虫が鳴く音をいち早く聞きつけたのが、マニーサであった。
「豪快に鳴らしてくれるじゃない! 倒れないでちょうだいね!」
そう言って彼女は、フガンに売り物の果物を手渡してきた。
それを受け取った彼は、すぐさまかぶり付いた。
口の中で甘い果汁が広がっていく。
どこか懐かしい思いが蘇り、フガンは背中を震わせるのだ。
「ちょっと、アンタ泣いてんの?」
これが二人の出会いであった。
「それから働き口も住処も彼女のおかげで見つかり、私はここで生きていくのを決めたんです」
程なくマニーサと夫婦になり、ニルマが生まれたのだとか。
「最近はあまり話を出来なかったのですが、私は妻への感謝は忘れた事がありません」
それまで静かに聞いていたゼオンだったが、
「静かに」
とフガンを黙らせた。
「ここで待ってろ」
ゼオンは一人で家を出て行く。
フガンの家の前で、赤い屋根を見上げているのは“無情の犬”のクルーフである。
「やっぱりなあ」
玄関から出てきたゼオンは、そう呟いた。
「奇遇じゃねえか、二刀流」
身長も肩幅もゼオンの方が上である。
しかし印刷所では、クルーフは彼を圧倒していた。
「フガンのカミさんを殺したのも、お前らか?」
ゼオンの言葉を耳にして、クルーフは小さくため息をついた。
「あの野郎…」
これでウリケが正規兵に連行されて行った理由もはっきりした。
とはいえ、それだけで大人しく捕まるような奴ではないと、クルーフにはまだ疑問が残る。
「おい」
「ああ、まあそうだ。きっと仲間の一番年下なのが、やっちまったんじゃねえかな」
これに関しては、ウリケを庇う気にもなれない。
「手前らは、賞金稼ぎじゃねえのか? だったら、暗黙の掟ってもんがあるだろうが!」
罪のない人間に手を出すなどもっての外、ドリムザンがハーネルの命を奪ったのとは罪の重さがまるで違う。
「だからよ、本人は正規兵に捕まった。今頃は駐屯所で取り調べを受けてるんだろうぜ」
そう、だからもうウリケの事なんて放っておこうとクルーフは決めていた。
「俺はクルーフだ。二刀流のアンタ、名前は?」
「ゼオンだ」
ただし、ウリケを倒した者がいるかも知れない、その人物には興味がある。
「とりあえず、ケリでも着けておくか」
クルーフが剣を抜くと、ゼオンも二本の剣を構えた。
通りを警戒しながら歩くエルスとネミリオだが、正規兵の数が増えている事に気が付いていた。
「最悪、駐屯所でフガンさんを保護してもらうってのは出来ないんですか?」
エルスの問いかけに、ネミリオはフードを被った頭を横に振った。
「正規兵なんかあてにならん。自分たちが一番偉いと思い込んで、実際は何もしやしないんだからな」
賞金稼ぎだけではなく、正規兵にも恨みがありそうだ。
ところが、向こうからやってきた正規兵の一人が、彼らの方へ近付いてきた。
「おお、お前はエルスじゃないか!」
正規兵に知り合いがいるのか、とネミリオは驚いた。
だがエルスも、名前を呼ばれて面食らっている。
「俺だ、ザムニワ剣術道場で試合をしただろう。覚えてないのか?」
そう言われて、エルスは納得がいった。
やはり、休日の暇つぶしに正規兵も来ていたのだと。
何となく顔も見覚えがあるような気がしないでもない。
今日は鎧を着ているので、最初は全く分からなかったが。
「まあそれはいい。それより、俺たちはお前とゼオンを探していたんだ」
ネミリオは正規兵を前にして、ややピリピリしているようだ。
「アミネという女を知っているな?」
心がザワザワする。
「アミネさんがどうかしたんですか?」




