第11章「逆転を担う」【7】
ドリムザンというのか。
というより、正規軍の駐屯所の責任者が、彼を“様”付けで呼ぶというのはどういう事なのか。
何だか、せっかく駐屯所へ逃げ込んで助かったと思ったのに、更に危機が続いているような思いのするアミネである。
それより、とドリムザンが続ける。
「誰かここに逃げて来たんじゃないか」
「え、はあ、誰か…とは…」
「俺たちが追ってる奴だ。フガンという、印刷所に勤めてる奴だが」
「いいえ、そんな者はここへは来ておりません」
結果良しだ。
フガンがここに来ていたら、ひょっとして正規兵たちは彼をドリムザンに引き渡すかもしれない所だった。
「ふむ。だが、そいつじゃなくても良い。フガンは若い女と一緒だった。知らないか」
マズい。
アミネの心臓がキュッと縮まる。
声は出せないし、身動き一つ取れない。
「若い女…」
ドリムザンは責任者の表情から、その胸の内を読み取る。
「いるんだな。何処だ」
辺りをキョロキョロと見回す彼に、責任者は少々焦る。
「若い女というだけでは、その…」
「俺は顔を知ってる。会わせろ」
マズいマズい。
アミネは毛布を被ったまま、怪我をしていない方の足でベッドから下りる。
床が軋んで音を立てる。
血の気が引いた。
どうする。
術をかける機会はあるだろうか。
突然、視界が開ける。
被っていた毛布が取り上げられたのだ。
真横に、巨大な男が立っている。
ゼオンより大きいと思われた。
アミネはその男に向けて手をかざそうとした。
だが、その手はすぐに掴まれてしまった。
「………!」
「ほう、呪術師か。だが、大したことはなさそだ」
それは、傷付く。
オロオロする責任者に向かって、ドリムザンはこう言った。
「この女は、こちらで預かる。協力に感謝する」
有無を言わせず決定したようだ。
部下の兵士たちは責任者に視線を注ぐ。
「か、かしこまりました。あー、その…」
口ごもる責任者の代わりに、兵士の一人が口を開いた。
「その娘は足を怪我しております。どうか乱暴な扱いは…」
「そうか。では、逃亡の恐れは少ないという訳だな」
ドリムザンは歯を見せる。
「心配するな。どうこうしようというつもりはない。この女は、ただの人質だ」
抵抗は出来そうにない。
「もしもフガンや、こいつを探しに来た連中を見かけたら、ここから一番近くの酒場にいる、とな」
せめてもの救いは、先程の兵士の言葉であった。
「必ず、伝えます」
責任者はそう答えた。
部下の兵士たちのガッカリした空気がその場を包む。
「何もしてやれなくて、済まない」
兵士の詫びの言葉に、アミネは笑顔を見せた。
「足の手当てをしてくれて、ありがとう」
恐れはあるが、声は震えるが、それでもアミネははっきりと言う。
「私の仲間、ゼオンとエルスが来たら、伝えてください。待ってるって」
ドリムザンは歩き出していた。
強い力で手を引っ張られて、アミネはよろけそうになる。
「ドリムザンさん、私は逃げませんから、手を離してください」
振り返ったドリムザンは、アミネと目を合わせた。
「ふん」
そして、彼女から手を離した。
ドリムザンが先に歩き、アミネはその後をついていく。
二人が去った後、言いようのない重い空気に責任者は耐えきれずに声を出した。
「さ、さあ、仕事を始めろ。人が殺された件もあるんだ。ボサっとしている暇はないぞ!」
「ゼオンとエルスって、言ってたよな」
「ああ、確かに」
「ザムニワ剣術道場の二人か」
誰も責任者の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
兵士たちは責任者を無視したまま、ゾロゾロとその場から消えて行った。
赤い屋根の家がある。
フガンの家である。
胸や腹から血を流し、動かないマニーサの隣で、床に両膝をついて呆然とするのはフガンであった。
その後ろにはゼオンがいる。
流石に声もかけられない。
「ああ、マニーサ、どうして………」
ここまで来る道すがら、ゼオンはフガンから自分が狙われているのだろうと聞いていた。
フガンは賞金首になっているかもしれないとゼオンは思った。
だからといって、これまでの関係性を捨ててフガンを突き出そうだなんて事は、これっぽっちも考えない。




