第11章「逆転を担う」【3】
平常心で、と自分自身に言い聞かせる。
相手の注意を惹かないように、音を立てずに通り過ぎたい。
挫いた足も引き摺らないように、出来るだけ地面から浮かせなければならない。
だが着地した時、思わず体重をかけてしまい、声が漏れそうになる。
口元を手で押さえ、焦らず、急いで。
真横に男がいる。
見なくていい、しかし横目で見てしまう。
相手は気付いてない、そうだ、このまま落ち着いて。
徐々に男から離れていき、駐屯所の入り口が近付いてくる。
もしも振り返った時、あの男が真後ろにいたらどうしよう?
耳をそばだてて、足音が来ていないか確かめる。
いや、来ていたら終わりである。
走り出したい、だが走れない。
もうすぐだ。
もうすぐ駐屯所の敷地内へ入ろうという時、中から正規兵が数人駆け出して行った。
男が振り返った。
しかしアミネは駐屯所へ滑り込む。
身体の力が抜けて倒れ込むと、兵士が一人近寄ってきた。
「どうかしたのか?」
「匿って下さい。変な男に追われてるんです」
兵士は縦一列になり、通りの端を駆け足で急ぐ。
「女が一人殺され、その犯人は10代の男だそうだ!」
先頭の兵士が、後続に情報を伝えている。
それはクルーフの耳にも届いていた。
「先程も、印刷所で死体が見つかったばかりだぞ。今日はどうなっているんだ」
これも、聞こえた。
兵士たちはクルーフの横を通り過ぎて行った。
「女が殺されて、犯人は10代のガキ?」
印刷所の死体は、ドリムザンが仕留めた奴で間違いないと思われた。
「嫌な予感しか、しねえなあ」
頭をぽりぽりと掻きながら、クルーフは一度駐屯所を振り返った。
名残惜しそうにしながら、クルーフは再び駐屯所に背を向けて歩き出す。
「ウリケだったら、タダじゃおかねえ」
クルーフの頭の中では、その犯人とウリケがしっかりと結び付いている。
しかし、女を殺したとは、誰の事か。
エルスがフガンの行方を求めてハモリオ印刷所へ到着した時、既に何人かの正規兵が出入りをしていた。
状況が全く分からず、しばらく遠巻きに眺めるしかなかった。
しばらくすると、印刷所の中から見知った顔が現れた、所長のリドベである。
すかさずエルスは彼に近付いた。
リドベもすぐエルスに気が付いたようだ。
「何かあったんですか?」
「いやいや、何かあったなんてもんじゃないんだよ! 私が外回りから戻ったら、知らない男が死んでたんだ!」
前に会った時はエルスに対しても平身低頭だったリドベだが、今はとにかく興奮しているようだ。
「死んでたって、どう…」
「殺されてたんだ! 胸から血を流してね! もう驚いたのなんのって! それで慌てて外へ飛び出したら、たまたま近くに軍の連中がいたんで、とにかく来てもらったんだよ!」
フガンが襲われた可能性は高い。
「それで、フガンさんは…」
「いないんだよ、アイツ! いったい何処へ行ってしまったんだか!」
逃げたのか、捕まったのか。
「私はね、こう思うんだよ! こんな小さな印刷所なのに、間違って強盗が押し込んできて、フガンは巻き込まれたんじゃないだろうかって!」
タムタムの言葉が真実なら、押し込んだのは賞金稼ぎという事になる。
リドベの推理は当たらずとも遠からずといった所か。
「もしもそうなら、アイツ今も危険な目に遭ってるんじゃないだろうか?」
落ち着いた、というよりはフガンの身を案じて落ち込んだように見える。
すると、印刷所の中から正規兵が担架で人を運び出していた。
「あれだよ、死んでたのは」
襲われたフガンが返り討ちにしたんだろうかとエルスは思ったが、彼の風貌を考えると、難しいようにも思われた。
「まさかフガンがやって、それで逃げたんじゃないよね? いや、そんなはす無いか、フガンに限って…」
今度のリドベは不安で一杯。
コロコロとよく変わるものだ。
「中に入れますか?」
リドベが一緒ならと正規兵から許可が下りた。
正規兵が調べているから、素人の自分が見た所で何か分かるとは思えないが、何もせずにもいられなかった。
窓から日光が差し込んでいるので、そこまで暗くはない。




