第11章「逆転を担う」【1】
横向きに倒れたウリケの服の背中が、斜めにバッサリと斬られていた。
そこが徐々に赤く色付いていく。
傷口は深くない、エルスにはその確信もあった。
しかしウリケは動かない。
まさか、と思ったエルスの身体も強張る。
ゴロン。
ウリケが身体を回して仰向けになる。
両目はうっすらと開かれていた。
生きている、と安心した。
苦しそうなのは間違いない。
「…ウリケ」
虚ろな目は空を眺めている。
「まいったなー、僕の完敗じゃん」
エルスは鞘に剣を収めた。
「立てる?」
「無理。もうクタクタ。指も動かない」
怪我ではなく、体力を全部奪われたからだとウリケは言う。
「僕のあの“技”ってさー、凄く速く動いて人の目に追えないようにしてるんだけど、それって凄く体力を使うんだよね。だから何回も使うと、動けなくなっちゃうんだ」
同じだとエルスは思った。
「それでも、初めは一回しか使えなかったのに、今は何回も使えるようになったけど、まだまだ磨かないと、すぐ読まれちゃうよ」
ウリケの“技”と自分の連撃が、同じ種類のものかどうかは分からない。
しかも彼は使いたい時に使える。
自分は一回使ったら終わりだ。
共通点はあるが、違いもある。
「ああ、でもこれで賞金稼ぎの生活も終わりかなあ」
「君は賞金首じゃない人を殺した。それは単なる犯罪だから」
「だよねえ」
賞金首と認定されている者を殺めたとしても、罪には問われない。
報酬が満額ではなくなる場合がある程度。
しかし、罪のない一般市民を巻き込めば、普通に裁かれる。
「その人、誰を殺したの?」
不覚を取った。
いつのまにか外へ出ていたニルマに、今の話を聞かれてしまったのだ。
どうすれば良いのか。
ニルマは不安を隠せない様子である。
胸がザワついているのかもしれない。
かといって、どう説明すれば良いのか。
「知りたい?」
ウリケが口を開いた。
「やめろ、ウリケ」
「………? エルスが言いにくそうだから、代わりに言ってあげようとしてるのに」
これは自分に勝ったエルスへの、せめてものご褒美だとウリケは微笑む。
「ダメだ、ニルマの気持ちを考えて」
「ふうん。けど今ここで知らせるのを引き延ばしたって、いずれ分かる事だし、あの人が生き返る訳でもないし」
そんな事、分かってる。
結局、エルスからは事実をニルマに伝える事が出来なかった。
これは優しさなのか、それとも。
エルスは教師の一人に、ニルマの母親が殺された事、その犯人が裏門の前で倒れている事を打ち明けた。
もちろんニルマがいない所で。
教師はエルスの事を知っていた。
ザムニワ剣術道場で連戦連勝の彼の事を、子供たちから聞いていたからである。
教師はすぐ、正規兵を呼ぶように事務員に頼んだ。
「ニルマの母親の件は、あの子の担任から伝えさせよう」
素直に任せる事にした。
ホッとしたような。
別室で待つニルマには会わずに、エルスは学校を後にした。
後ろめたい気持ちに襲われる。
やがて事務員と共に、正規兵がネシャーラ学校へとやって来た。
裏門の前で倒れたままのウリケに対し、兵は容疑について問いただした。
「うん、僕はニルマのお母さんを殺したよ」
ウリケは正直に語った。
アミネとフガンは隠れていた場所から移動を始めた。
いつまでも隠れていたところで、事態が好転するとは思えないと二人で判断したからだ。
アミネの挫いた箇所は症状が重いらしく、歩くたびに痛みを増していく。
それでも長い時間をかけて、ようやく駐屯所の目の前まで到着した。
だが、そこから先へ進めない。
何故なら、駐屯所の門の前には、男が一人、立っていたからだ。
“無情の犬”のクルーフである。
彼はハモリオ印刷所から、一直線にここまで走ってきた。
それからずっとここで見張っているが、フガンは現れない。
自分より先に駐屯所へ入られてしまった可能性もある。
そもそも目的地がここではない可能性だってある。
フガンの家はウリケが押さえてくれているはずだと、信じるしかない。
他にも隠れる場所はあるだろうが、安全を確保出来るのは駐屯所だと、誰もが思うはずである。




