第十一夜 雷獣(その三)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第十一夜 雷獣(その三)
外に逃げないよう結界の中に封じたとは言え、雷獣は雷の身体を持つため、普通に攻撃してもダメージを与えられない……どうするの? そう新田周平に問いかける芦屋結衣。
「逃げられなくしたのは良いけど、攻撃が通らないよ?」
「確かに。捕まえようとしても逃げられる」
結衣のその言葉には、自慢の巨体で雷獣を捕まえようとして逃げられた鬼女の鬼灯も同意した。
「大丈夫だ。相手が雷属性なら、こちらの属性を変えれば良い……陰陽五行説によれば雷は木属性。相克関係にある金属性を与える」
新田はカバンの中から太極盤を取り出すと、指で五芒星を切る。
「金は木を伐る、それ相克也!」
新田の言葉に、結衣と鬼灯の元へ呪符の束が飛んでいく。
そして結衣の唐傘、鬼灯の拳に張り付き、まるで鋼鉄でコーティングされたようになった。
「お兄さんから習ったの?」
「アイツに頭を下げるのは屈辱だったけどな……だが、これで雷獣に攻撃が通る」
以前会った新田の兄……陰陽師としては先輩となる彼のことを思い出しつつ問いかける結衣に、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる新田。
だが捨てたプライドの甲斐はあったようで、さっそく鬼灯の拳が雷獣を捉える。
「おっと、こりゃ凄い……さっきまでの暖簾に腕押しが嘘のようだ」
雷獣も驚いたのか、鬼灯の拳の反動を利用し雷速で距離を取る。
そしてこちらを警戒し、ジリジリと動く。
「勿論、攻撃も出来る……符よ、金物と成れ!」
新田はそう言うと、懐から取り出した符の束を今度は空中にばら撒く。
そして五芒星を再び描き、符に金属性を与えると雷獣目掛けて飛び掛からせる。
その攻撃に、雷獣も雷のようなステップで交わそうと動くのだが……新田の放った符は、まるでミサイルのように雷獣を追尾する。
「追い込むぞ! 結衣、鬼灯、挟みこめ!!」
「了解、唐傘っ!」
「おぅ、任せとけ!」
新田の言葉に、結衣と鬼灯が左右から雷獣を挟むように迫る。
雷獣は攻撃が効かなかったから脅威だったのだ。攻撃が効くなら……少し速いだけのあやかしだ。
そう叫ぶ結衣の唐傘が振り下ろされる。
その様子を、東京スカイツリーの天望回廊から眺めている者が居た。
こなきじじいのあやかし……小名木だ。
彼は新田が張った視認結界の影響を受けず、雷獣との戦いを最初から視ていた。
「ほう、新田の小僧は五行を収めたか……芦屋の小娘は打撃力を増してるのぉ」
視線の先では鬼灯が雷獣を抑えつけ、結衣が唐傘で殴りつけている。
新田も二人を援護するかのように符術で援護していた。
「ほれほれ、雷獣よ、本気を出さないと負けてしまうぞ! 凶化した力、発揮して貰おう」
小名木は符を一枚取り出すと、ビリっと破る。
すると落雷が激しくなり、雷獣の身体が輝きだす。
「さあ、千紙屋の小僧共……本気を出した雷獣にどう戦う?」
戦いを見守る小名木の眼下で、新田と結衣、そして鬼灯は先程までとは一転し雷獣相手に苦戦しだした。
「雷獣、急に強くなったよ?」
「雷からエネルギーを得ているのか……自然現象なだけあって止められない」
雷獣に攻撃が弾かれた結衣は新田に話しかける。
その声に空を見上げた新田は、悔し気に呟く。
「天候が回復しないのは仕方ない。結衣、鬼灯、何とか抑えるから捉えてくれ!」
「了解だよ、ちゃんと殴らせてくれよな! ってこっちに来た!?」
懐から符を取り出した新田は、その呪符を飛ばしながら結衣たちに声を掛ける。
だが雷獣は飛ばされた符を素早く交わし、雷光の速度で鬼灯へと迫る。
「ぐはっ!? あ、あたしが力負けした?」
吹き飛ばされた鬼灯はしりもちを付きながら驚愕の声を上げる。
「単純に力が強くなってるだけじゃない。素早さが力になっているんだ」
その様子を見た結衣が叫ぶ。雷獣が走る雷光の速度がそのまま衝撃力に変わっているのだ。
「符さえ当たってくれれば……結衣、そっちへ行ったぞ!」
悔しそうな新田の声を背に、豪速球で迫る雷獣を打ち返すべく結衣は唐傘を構える。
「結衣ちゃん……ホームラン!」
雷速で迫る雷獣をボールに見立て、両手で唐傘を掴みフルスイングする結衣。
それは見事に雷獣を捉え、結界の反対へと吹き飛ばす。
「今だ! 金符よ、雷獣の動きを止めろ!」
結界の壁に叩きつけられ動きを止めた雷獣に、新田は飛ばした符を張り付ける。
雷の木属性とは相克関係にある金属性の符が身体を覆ったことにより、雷獣の動きは目で見て分かるほどに低下した。
「結衣、そっちに飛ばすよ!」
そして動きが鈍った雷獣を易々と掴み上げた鬼灯が、止めは任せたと思いっきり結衣に向けて蹴る。
「結衣、浄化の炎だ! 雷獣を浄化させろ!」
「うん、わかった! 私の中に眠る朱雀よ……浄化の炎を我に与えん!」
体内に宿る東京を護る四神の一体、朱雀の炎を呼び出した結衣は、蹴り込まれた雷獣に向けて炎を宿した唐傘を振り上げる。
天高く打ち上げられた雷獣は、浄化の炎で焼かれ凶化を解かれるとスカイツリーより高い場所へと帰っていく。
その様子をスカイツリーの天望回廊から眺めていた小名木は、なるほどと一人頷くのであった。
「小名木さん、お待たせしました」
「いやいや、待ってなどいませんよ、千紙屋の皆さん……お疲れでしょう? どうですか、甘い物など食べていきませんか」
雷獣を帰した新田たちは、スカイツリーで待っていた小名木と合流する。
すると雷獣と戦った新田たちを気遣ってか、小名木はスイーツの店へと誘う。
「ガイドブックに載ってた店が……ほれ、そこに」
「やったぁ! スイーツバイキングだ!!」
喜ぶ結衣の姿に、仕方ないなとため息を漏らす新田。
彼は鬼灯の方を向くと、仏壇に供えなければ食べられないお前はどうすると問いかける。
「そうだな……あたしはその辺りをフラフラしてるよ。何かあればスマホって奴で連絡してくれ」
そう言い、鬼灯は雑踏の中に消える……いや、他より一回り以上背丈が高いため、かなり目立っているのだが、あれならば何処に居ても直ぐ見つかるだろう。
「新田、早く早くっ!」
楽しそうに結衣が新田の腕を引っ張る。有名なスイーツバイキングの店だ、彼女は楽しみで仕方ない。
「ちょ、ちょっと待て、引っ張るな!?」
「早く並ぶよー!」
結局、結衣は強引に新田を入店待ちの列に連れて行く。そんな二人の姿を小名木は微笑ましそうに眺めると、彼らの後ろに並ぶ。
そう、楽しそうに。
雷獣を天に返した新田たち。だがそのすべては小名木に見られていた。
スイーツバイキングに誘う彼の目的は……?
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