第十一夜 雷獣(その一)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第十一夜 雷獣(その一)
東京、秋葉原。電気街の裏通りにある雑居ビルの屋上。等活地獄の獄卒である鬼女は金棒……は黄泉平坂で落として来たので、金棒代わりに手にしていた金属バットを手でぐしゃっと潰す。
「ああ、いい運動になった! 感謝するよ、二人とも」
運動の相手をしていたあやかし向け融資・保証『千紙屋』の陰陽師見習い、新田 周平と芦屋 結衣は、全力で相手したのかハァハァと荒く息を吐き、大の字に寝そべっていた。
……話しは昨晩の出来事まで巻き戻る。
お台場の倉庫街で鵺を倒し、千紙屋から奪われたあやかしの力の源を取り戻した新田たち千紙屋一行。
同時に解放された千紙屋の主、平将門によって力の源は秋葉原の千紙屋、その大金庫へと無事転移されたいた。
だが、大暴れ出来ると思っていた鬼女は、新田と結衣の活躍で片付いてしまったため、力の振り下ろし先がなくなってしまったのだ。
そして今朝……千紙屋へと出社した新田たちに、鬼女は運動不足を告げるとその解消の相手を頼んだ、と言う訳である。
「等活地獄と違って、こっちで死ねばそこまで……手加減はしたが、生きてるよな?」
「な、なんとかね……死にそうだけど」
心臓がバクバク言っている結衣は、何とか生きてると親指を立てる。
新田はと言うと、街中のため大きい術は使えないと言うハンデはあるにせよ、まだ鬼女が実力を隠していたのかと言う思いで一杯であった。
「いい勝負が出来るようになったと思ったんだがな……」
「そっちは式神が使えないだろ? そんな相手には負けないさ」
結衣の式神、折り畳み傘に宿る唐傘お化けであれば見られてもまだ何とかなる。
ただ新田の式神、石灯籠の古籠火はと言うと、炎を吐くことで相手を攻撃するあやかし……とても目立つのだ。
よって新田は符術で鬼女に対抗せねばならず、新田の支援が減った結衣の負担も増える。
これが死ぬたびに全快して甦る等活地獄であれば話は別だっただろう。
新田も結衣も常に全力を出せ、鬼女とも互角以上に渡り合えた。
「これからは古籠火に頼らない戦術も編み出さないとな……いい経験になった」
新たな課題を突き付けられた新田は、陰陽師として次のステージに進む時が来たのかと考える。
そんな彼に、結衣は「私はー?」と問いかける。
「お前は特技を伸ばした方がいい……今のスタイルを貫け」
唐傘を剣に見立て、霊力や体内に宿る朱雀の炎を流し戦う結衣の戦闘スタイルは、ある意味完成の域に達している。
だから下手にいじくるよりも、そのまま伸ばしていけと新田はアドバイスすると、結衣はそんなものかと納得する。
「さて、運動もして腹も減ったことだし……そろそろあたしは地獄に帰るかな」
新田と結衣の呼吸が落ち着いてきたところで、鬼女は二人にそう告げる。
死者があの世の食事を取ると、そちらの世界の住人となり現世には戻ることが出来なくなる黄泉戸喫と言う現象がある。
鬼女の場合は逆で、この世の物を食べると地獄へ戻れなくなるため、新田たちと共に地獄を出てしまってから今まで食事を取れず、実は彼女はかなり空腹であった。
「地獄に戻るなら、将門社長に門を繫げて貰わないとだな」
起き上がった新田が、結衣に手を貸しながらそう告げる。
彼らを等活地獄へ修行に送ったのは将門公……ならば再び地獄への門を開いて貰えれば、黄泉平坂を通らずとも地獄に帰れると言う訳だ。
だが……その目論見は将門の一言で見事に崩れ去る。
「残念ながら、今は星の位置が悪く……申し訳ないのですが、地獄への門は開けません」
式神を呼び出し、荒らされた千紙屋の片付けをしていた平将門は、残念そうに鬼女へ告げる。
「そんな……地獄に帰れないだなんて、聞いてないよ!?」
背丈が二メートルを軽く超える大きな身体を小さく折り曲げ、鬼女は地獄に帰れない現実に盛大に落ち込む。
「何とかならないんですか?」
流石に可哀想と思ったのか、結衣が将門にそう尋ねるが……彼は首を横に振る。
だが、食事については何とかなると将門が告げると、その途端に鬼女の顔がパーッと明るくなった。
「ど、どうすれば良いんだ? このままじゃ腹が減って力が出ないんだよ!!」
将門の肩を掴みグラグラと揺らす鬼女に、彼はあれですと店の一角に置かれていた仏壇を指差す。
「仏壇に供えた供物は、死者の食べ物……地獄の鬼が食べても黄泉戸喫にはなりません」
そう告げた将門は、新田に千紙屋の下の階にある猫耳メイドカフェ『フォークテイルキャット』で何か食べ物をテイクアウトして貰ってくるよう命ずる。
「分かりました!」
そう言って店を飛び出した新田……暫くすると、彼は大盛りの猫耳オムライスを手に戻って来た。
「これを仏壇に供えて、鈴を鳴らして……」
チーンと鈴の音が二回響き、新田は両手を合わせる。
そして備えたオムライスを鬼女の前へと運んで来る。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
彼にそう言われ、鬼女は初めて食べるオムライスに恐る恐るスプーンを伸ばす。
ふっくら卵の柔らかい味にトマトの酸味、きちんと炒めたチキンライスの香ばしさ。
一口食べて目を丸くした鬼女は、残りをガツガツと平らげる。
「人間界の食い物って美味いんだな! これなら暫く居ても平気だ!」
オムライスを食べ終わった鬼女は、満足そうに腹を叩く。
「地獄では肉をそのまま焼いて、あとはお酒を飲んだりしてただけだもんね……鬼女さん、人間界の料理はもっと色々あるよ?」
結衣のその言葉に、鬼女は目を輝かせる。もっと美味しい物が沢山ある……ここは天国じゃなかろうか、そんなことを考えていた彼女は、そう言えばと口に出す。
「二人とも、あたしは地獄の獄卒で鬼女だが、それは種族だ……名前がちゃんとある。言ってなかったが、鬼灯って言うんだ。暫く厄介になるんだ、名前で呼んでくれると嬉しい」
「鬼灯だな。俺は新田周平……改めてよろしく」
「私は芦屋結衣。よろしくね、鬼灯さん」
新田君たちの部屋にも仏壇を用意しませんとね、そう将門が業者の手配をしていたところ、千紙屋のオフィスに電話が鳴る。
「この番号……小名木さんですね、取りますね」
ナンバーディスプレイで以前東京の街を案内した高知のあやかし、こなきじじいの小名木からの電話だと確認した新田は、受話器を上げる。
「小名木様、お久しぶりです」
『お久しぶり、千紙屋の新田くんだね……折り入って頼みがあるんだ。また東京に行くことになったので、観光案内を頼めないかな?』
「分かりました、一旦社長に確認しますので、保留にしますね」
そう言って新田は電話機の保留ボタンを押す。すると軽快な音楽が流れ、保留中だと言うことを伝えてくれる。
「将門社長、以前の小名木さんから観光案内の依頼です。受けて大丈夫ですか?」
「勿論。融資・保証だけが千紙屋の仕事じゃありません……困っているあやかしを助ける、それが千紙屋です」
将門社長の許可が取れたことで、新田は保留を解除すると電話口の向こうに居る小名木に詳しい日程などを確認する。
「それでは、当日お待ちしております!」
受付を終えると、営業スマイルを浮かべて新田は電話が切れるのを待つ。
つー、つー、つーっと言う切断音が流れたのを確認してから、彼は受話器をそっとフックに戻す。
「新田って、謎のスキルを持っているよね……」
完璧な電話応対に、結衣が少し引く……ブラック企業時代に叩き込まれたスキルは、新田が自由になってもなお身に付いて離れないのであった。
「さて、予約は取れた……あとは何処で仕掛けるか、だな」
携帯の切断ボタンを押した小名木は、お台場の高層マンション、その最上階から対岸の街並みを見る。
慎重派の小名木は、素顔であやかしと接触することも多い妲己と違い、千紙屋とは観光を兼ねた偵察の一回のみしか顔を合わせてない。
今回はその縁を利用し近づき、間近で実力を見せて貰おうと言う腹積もりであった。
事件を起こすあやかしは手配済み……さて、千紙屋の見習いたちはどう対処するのか。小名木は不謹慎ではあるが楽しんでいた。
日常から非日常への入り口は何気ない物。
そう、たった一本の電話から始まる……小名木、動く。
続きは明日の更新です!




