第十夜 鵺(その四)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第十夜 鵺(その四)
お台場の高層マンション。その最上階の一室に、九尾の狐のあやかし、妲己が息も絶え絶えに駆けこんで来る。
そして千紙屋の主、平将門が持つ力を奪った筈の鵺が負けたことを告げる。
「小名木、悪い知らせや……鵺が負けたわ」
「まさか……千紙屋の見習い共が、そんな急成長を遂げたとでも言うのか?」
おもわず手にした盃を落としながら、こなきじじいのあやかしである小名木が呆然と呟く。
「ええ……地獄の鬼が一緒に居たから、そこで力を得たのかも知れんな。鵺クラスじゃもう勝てへんとちゃうか? ……ここは大妖怪様の出番かも知れへん」
「大妖怪様か……だが何処に封じられているかもわからん存在に、今は頼るべきではない……それに下手に世に放てば、四神結界を破壊するどころか、この東京が地図から消えるぞ?」
妲己の声に、小名木は否定の言葉を告げる……だがどうする? 新田周平と芦屋結衣、二人の見習い陰陽師がそれほどの力を手にしたのであれば、作戦を根本から変えなくてはならない。
「……私自らが一度相手して、実力を見極めるしかないか」
小名木はそう呟くと、徳利の酒を直に口を付け飲み干す。先程は甘露の味がしたはずのその酒が、今はやけに苦かった。
一方、お台場の倉庫街から秋葉原へ戻る途中の新田たち一行。
先程の戦いに興奮する猫野目そらは、シュシュシュと拳を繰り出し結衣の攻撃を再現しようとしている。
「いやー、結衣にゃんも新田のご主人様も、凄かったにゃ!」
「ほらほら、そんなことしていたら転ぶぞ?」
そう言っている間に足元をふらつかせた彼女を支えたのは、統括地獄から来た鬼、鬼女……その巨大な手で、転びそうになったそらを軽く抱える。
ちなみに将門は先に転移術で奪われた品と共に千紙屋へと戻っていた。
大量の妖力の源、持って帰るのも一苦労……そこで将門が運んでくれたと言う訳だ。
「鬼女、付き合ってくれてありがとう……貴女のところで鍛えられた力、さっそく役に立ったよ」
「なに、あんたたちは飲み込みが良かったからね……続きの修行も楽しみにしてるよ?」
新田の言葉に、鬼女はそう返す。修行は暫く勘弁してくれ……そう彼は苦笑いを浮かべた。
「結衣にゃん、どんな修行をしてたんにゃ?」
そらの無邪気な質問に、結衣はあーそのーと答えを濁す。
流石に戦って、死んで、甦って、また戦って、そして死んで……を繰り返していたなんて言えない。
そんな彼女の手を、隣を歩いていた夢見獏が突然握り締める。
「きゃっ!? ど、どうしたの急に……」
「いえ……魂の状態を視ようと思ったのですが、凄いですね」
魂がまるで何度も生まれ変わったかのように鍛えられている……そう告げる獏に、修行を見抜かれたのかドキっとする結衣。
獏は夢見のあやかし……夢を通して相手のことを知ることが出来る。
だが、安心して下さいと彼女は告げる、寝ていないなら魂の表層しか見えませんよと。
掴んだ手を放し、ひらひらと振る獏に、見られなくて良かったと結衣はホッと胸を撫でおろす。
「とりあえず時間も時間だ。今日はみんな家に泊まるといい」
新田がそう言うと、そらが私も良いのかにゃ? と問いかける。
一人増えたところで変わらないよと新田が返すと、やったにゃーと喜ぶそら。
そして家に帰り、新田たちには暫くぶりの風呂に浸かり、夕食を済ませるとそれぞれ思い思いの場所で寝る。
翌朝……目覚まし時計より早く目覚めた新田は、朝食を作ろうと部屋を出る。
するとそこには既にエプロン姿の結衣が居た。
「おはよう、結衣……早いな、もっとゆっくりしてても良かったのに」
「ん、おはよう新田。なんか目が覚めちゃって」
リビングのソファーには獏と鬼女がまだ眠っている。ちなみにそらは結衣のベッドの中で爆睡中だ。
二人を起こさないように、そっと新田と結衣は静かに朝食の準備をする。
「こうやって一緒に朝食の準備をしていると、その……し、新婚さんみたいだね」
結衣が勇気を振り絞りそう伝えるのだが、新田は馬鹿か? としか返してくれない。
だが、それが新田と結衣の日常。地獄から戻って来たのだと結衣は実感する。
「ベーコン、焦げてるぞ?」
「あ、あっ!? ……これは新田の分ね」
新田に指摘され、慌ててフライパンでジュージューと音を立てていたベーコンをひっくり返す結衣。
文句を言う彼を余所に結衣はフライパンに並ぶ焦げたベーコンの上に卵を落とし、白身に火が入ったところで皿に移す。
鬼女は現世の食べ物を食べると地獄へ還れなくなるため、人数分より一人分少ないが、朝食の準備が出来たところで新田がテレビを点ける。
それと同時に獏と鬼女が起き、少しして眠たそうなそらが結衣の部屋から出てきた。
「みんな、おはよう……さぁ、朝ごはんだよ!」
結衣の声に、頂きますと合唱が響く。
今日は荒された千紙屋の片付けに、将門への修行の報告。そして鬼女を地獄に帰すと言う大事な仕事がある。
しっかり食べないと、今日も忙しくなるぞーと、結衣は朝食を口に運びながら、楽し気に笑うのであった。
『次のニュースです。北海道の海岸に魚の死骸が打ち上げられると言う事態が発生し……』
……大金庫にあやかしたちから預かった能力や権能を、一晩かけて片付け終わった将門はコーヒーを口にしながらニュースを見る。
それは新田たちの部屋で流れているのと同じニュース……彼は新田が見付けてくれたノートパソコンを起動するとインターネットに接続する。
「北海道の事件、これは……悪い知らせですね」
ディスプレイから放たれる光を眼鏡に反射させながら、様々な情報を調べる将門。
彼は秋葉原の神……すなわち電脳神。彼の守護範囲は神田・秋葉原と限定的ながら、ネットワークの繋がるところすべてに影響を与えることが可能であった。
「私自身は東京を離れられません……ですが、これは調査しなくてはなりません」
まだ朝だ……彼はこの時間起きていないだろう。そう考えた将門はメッセージを送信する。
「……東京の事件が片付いたら、彼らに頼みますか。それまでに二人には強くなって頂かないと」
脳内で恐ろしい修行プランを練り上げる将門は、楽しくなってきたのかふふふっと一人で笑う。
そんなことを露も知らない新田と結衣が出勤してくるまで、後一時間と言うところ……将門は朝食を済ませるため、秋葉原駅前にある二十四時間営業のハンバーガーショップへと向かった。
「まだ朝の限定メニューの時間ですね……あのハッシュポテトが無性に食べたくなる時があるんですよね」
将門の生きていた時代、あのような食べ物は無かった。故にこの時代に復活し良かったことは、様々な食べ物が食べれること……そう彼は思う。
パンケーキサンドとハッシュドポテトをオーダーした彼は、席に座ると人目も気にせず嬉しそうにガブリつく。
シロップが染み出るパンケーキに肉厚なソーセージ、玉子とチーズが蕩けるように絡み合う。
そして何よりもサクサクのハッシュドポテト……通常の時間帯では食べられないのがまた特別な気分にさせてくれる。
現代人の食文化……朝からのハンバーガーは、甘ったるくて塩気があって、ジャンキーなのが何よりも良い。
「あぁ……人間は良いですね。食は最高の文化です」
そして秋葉原は様々な文化が集まる街。この街を守護することが出来て、将門は本当に幸せだと心の底から思うのであった。
無事千紙屋襲撃事件を解決した新田と結衣は、何時もの朝に戻る。
焦げたベーコンエッグは、苦くも美味しいのであった。
次回新章、小名木が動く!
続きは明日の公開です!!
……朝マックのハッシュドポテト、美味しいよね♪




