第十夜 鵺(その三)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第十夜 鵺(その三)
夜のお台場の一角……ゆりかもめを降りた新田周平と芦屋結衣の脳裏に、獏のあやかしである夢見獏の声が響く。
『……田さ……ん……ら田さん、ゅ衣さん、聞こえま……すか?』
「獏か!?」
その声に思わず新田が声を上げる。獏にはその声が心を通して聞こえるのか、返事を返してくれた。
『良かった……近くまで来てくれたので、声が届くようになりました』
「獏ちゃん、無事なの? 何処にいるの!?」
結衣の言葉に、獏は何処かの倉庫に閉じ込められていることを伝える。
その倉庫が何処なのかは分からないが、近くまで来れば念波で誘導すると獏は告げた。
「将門社長は傍にいるのか?」
千紙屋の主であり、神田・秋葉原の氏神である平将門がどうなったのか……新田の問いに、獏は少し言い辛そうに答える。
『将門社長は……今はその身その力を封じられています』
「そんな……将門社長、今度は私たちが助けなきゃ! 新田、急ごう!!」
結衣はそう言うと、埠頭……倉庫街の方へと足を向ける。
「お台場の学園に通っているだけあって、ここは結衣の庭だな」
「そうにゃね……頼りになるにゃー」
新田の言葉に、猫野目そらが同意する。彼女に付いて行けば間違いなさそうだ。
「んーっ、外は広くて良い! あの箱の中じゃ狭くて肩が凝っちまったぜ」
ボキボキと首と肩を鳴らしながら、鬼女は大きく伸びをする。
大暴れ出来そうな雰囲気に、心躍っているようにも見えた。
そうして一行は夜の倉庫街に辿り着く。普段ならトラックが行きかう筈の倉庫街は、今宵はやけに静か。まるで区画全体が無人であるかのようだ。
『近いです……もう少し先です』
獏の念波で彼女が捕らわれている倉庫に近づく。そして両開きの大きな扉の前に立つと、そっと隙間を作り内部を覗き見る。
「奥に獏が居るな……周囲にあるのは奪われた力の源か」
新田がそっと声を上げる。結衣はと言うと眼鏡をズラし、霊視の力で周囲を窺う。
「な、なんか……ヤバいのがその奥に居るよ。将門社長と同じレベルだ」
恐らくその霊力は犯人なのだろう。二人は頷き合うと、そっと扉の隙間に身を滑らせる。
……スレンダーな結衣は兎も角、巨乳なそらと背丈が大きい鬼女は侵入するのに苦労したが、何とか中へと入り込むと壁伝いに獏の元へと進む。
獏は念話をするために眠りに付いていたが、新田たちが近付くと目を覚ます。
「助けに来たぞ……ただの檻なら簡単に壊せるから、少し離れて待ってろ」
そう言うと、新田はスマートフォンを取り出し、そのストラップに化けている石灯籠のあやかし、式神の古籠火に命じる。
「古籠火、火力最小範囲……鍵だけを焼き切れ」
次の瞬間、古籠火は灯りの部分から炎をトーチのように吐き出し、鍵を焼き切る。
ガシャンと音が響き、自由になった獏は新田の胸へと飛び込んで来る。
「ありがとう新田さん! それにみんなも……ボク、怖かった!!」
ヨシヨシと新田にあやされる獏の姿に、結衣はチクリと胸の奥が一瞬傷んだ気がした。
「(なんだろう、このモヤモヤした感じ……)」
結衣がそんなことを思っていた時だ。倉庫の奥からこちらに近づく足音が聞こえたのは。
倉庫内に響く足音……その数は二つ。犯人たちか、そう新田たちは足音のする方を見る。
「餌に釣られたようね……千紙屋の見習いたち」
そこに居たのは、九尾の狐尾を広げた仮面の女……そしてもう一人、見覚えのある人物。
「社長! いや、あれが偽将門?」
「ふふふ、偽物ではありませんよ……今は私が将門です」
結衣の言葉に、偽将門は悠々と答える。
そして光の剣を両手に生み出すと、彼女たちに斬りかかって来た。
「せいぜい、抗ってくださいよ?」
「結衣、全力で行くぞ!」
新田の掛け声に、結衣は折り畳み傘の姿に化けた式神、唐傘お化けを取り出すと霊力を注ぐ。
真の姿を取り戻した唐傘を剣に見立て、さらに体内に宿る朱雀の炎を纏わせた彼女は偽将門の光の剣を受け止める。
「(重い……でも思ったほどではない?)」
不思議な感覚に陥る結衣。そのまま押し返すと、えいっと横薙ぎで唐傘を振る。
「おおっと、やりますね……ですが、まだこちらは本気を出しておりませんよ?」
そう偽将門は告げると、今度は新田の方を向く。
彼は抱き着いていた獏を後ろに隠すと、古籠火の灯りを向ける。
「行きますよ……!」
「古籠火よ、白虎の牙よ、炎の虎になれ!」
地を這うように迫る偽将門に、新田は炎の白虎を生み出すとその鋭い爪と牙を剥く。
白虎は剣を牙で受け噛み砕くと、前脚の爪でその胴体に爪痕を残した。
「新田……勝てるよ?」
「ああ、そうみたいだな……」
何故、と言う表情を見せる偽将門に、仮面の女も驚きの顔を隠せない。
一緒にいるのは猫又の少女と……鬼女。地獄の獄卒? 千紙屋を襲撃した際にこいつらは不在だったのは、ひょっとして地獄に行っていた?
「将門! 妖力を解放しなさい! いえ、神力もよ!!」
仮面の女は、その声と同時に術を唱える。同時に偽将門の霊力が爆発的に上昇し、光り輝く。
「おおっ、この力は……この力であれば、例え見習い共が修行したとしても勝てまい!」
神力を吸収しても、今回の偽将門は暴走しない……光剣を伸ばし、結衣と新田に迫る。
「結衣にゃん! ご主人様!!」
そらが悲鳴を上げるなか、結衣と新田は頷き合うとそれぞれの式神を向ける。
「唐傘っ!」
「古籠火っ!!」
同時に叫んだ二人。新田の放った炎を纏い、不死鳥になった結衣が偽将門の腕を斬り落とす。
斬り落とされた腕は虎の前足になり、新田はその正体に感づく。
「くっ……人間め、よくも我の腕を!」
「虎の前足……お前、鵺か?」
新田のその問いかけに、斬られた前脚を拾い上げると腕に繋げながらくくくっと笑う。
「よく分かったな……そうだ、我の正体は鵺だ。だが今の我は平将門そのもの。そう簡単に倒せると思うなよ?」
腕を治した偽将門……鵺は、そう言うと再び刃を構える。
今度は近寄らず、振り抜いた剣圧で新田たちを追い詰めようとした。
「唐傘、防ぐよ!」
だがその剣圧は唐傘お化けの傘を広げた結衣に防がれる。
「新田、この偽将門、大したことない……イケるよ!」
「結衣もそう思うか。なら一気に行くぞ」
反撃の時間だ……そう告げた新田は、再び古籠火より炎の白虎を生み出す。そしてそれに結衣を乗せると、鵺に向けて走り出させた。
「結衣! 頭と胴体、そして手足と尻尾が別の生き物だ! それを切り離せ!!」
白虎に駆けるよう命じながら、結衣に指示を飛ばす新田。
わかった、そう返事を返しながら結衣は唐傘を構える。
「来るか、見習い如きが!」
「千神屋陰陽師見習い、芦屋結衣……参る!!」
神の力を振るう偽将門……いや、鵺に、炎の剣と化した唐傘を振るう結衣。
すれ違い様に素早く振るった刃は線となり、空中に五芒星を描く。
「そ、そんな……」
人化の術が解け、猿の頭、狸の胴、獅子の脚、蛇の尾が地に落ち、正体が明らかになる鵺。
新田はそんな鵺に近づくと、将門が何処に封印されているか尋ねる。
「将門社長は何処にいる? 答えないと……」
古籠火を構えると、虎の脚の一本を焼く新田。そしてその炎を猿の顔へと向ける。
「胴体だ! 胴体の中に封印している!!」
よく答えた、そう冷静に返した彼は、狸の胴に手を差し込む。
そして将門が封じられた結晶を取り出すと、分割された鵺の身体を元に戻してやる。
「将門社長、無事ですか?」
結晶に話しかける新田。そんな彼に将門が答える。
『よく助けてくれました……新田君、結衣君。鵺の中から見ていましたよ』
「無事で良かった……社長、元には戻れるの?」
安堵した結衣の声に苦笑する将門。そして結晶は浮かび上がるとパーンっと砕け、平将門が降臨する。
「これで残るは……」
新田が倉庫の奥を見るが、狐尾を生やした仮面の女はもういない。
劣勢と分かった瞬間に撤退していたのだ。
「……足の速い奴だね。でもこれで、千紙屋から奪われた力の源も取り返せたよ!」
そう嬉しそうに結衣が告げると、そうだなと新田も笑みを漏らす。
こうして、一先ず事件は解決したかのように見えた。
将門と獏を助け出した新田と結衣は、偽将門……鵺に向かい、修行の結果を見せる。
圧倒的な実力差に驚いた妲己は、何をするのか……?
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