第十夜 鵺(その二)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第十夜 鵺(その二)
秋葉原の裏通りに着いた芦屋結衣たちは雑居ビルの地下へと降りる。
そこにはあやかしによるあやかしのためのBar、『妖』がある。
だが、ジャズが薄く流れる静かなその店は、今日はやけに騒々しかった。
「マスター、元気にしてるかな?」
結衣がトントンと楽しそうに階段を降りていくと、店がある方向から怒声が響く。
「おら、店を壊されたくなければもっと酒を出せ!」
ダン、とカウンターテーブルを強く叩く音が外まで響く。
その音に思わず首を竦めた結衣を庇うように、新田周平が前に出ると、音を立てないよう扉を開き店内を覗き見する。
「(暴れているのは、妖力を取り戻したあやかしか……)」
悪酔いしている客の姿に、マスターはため息を漏らしながらビールをグラスに注ぐとテーブルに出す。
酔客も酔えれば味はどうでも良いのだろう。ウィスキーだカクテルだと言う注文は付けずに、出されたグラスを呷るように飲み干す。
そんな酔客の姿に呆れていると、奥の席に座っていた伯爵の姿が見えた。
彼は新田の視線に気が付くと、マスターに一言二言話し、会計を済ませて外に出て来る。
「やあ新田殿。それに結衣殿とそらちゃんまで! 今日はお店で会えなかったので、ここで会えて嬉しいですね。……地獄の鬼と一緒とは思いませんでしたよ?」
新田たちの同行者に、猫耳メイドカフェ『フォークテイルキャット』にてお気に入りのキャストである猫野目そらの姿があるからか、ドラキュラ伯爵は非常にご機嫌だ。
「実はにゃ……何者かに操られて、今日はお店サボっちゃったのにゃ……」
すまなそうにそらがそう告げると、なんと!? と言う表情を見せる伯爵。
新田はそんな彼に、そらに植え付けられた禍々しい尻尾を見せる。
「伯爵、その操られてた原因の尻尾がこれなんですが……術者の追跡とか出来たりしませんか?」
「私からも頼むにゃ!」
新田の言葉に重ねてそらが両手を合わせお願いをする。
彼女のその姿に頼られて嬉しくなったのか、一瞬デレっとした表情を見せた伯爵は、ふむと頷きながら尻尾を受け取る。
そして尻尾に残る血液から、術者の特定が出来ないか試み始めた。
「これは……南の方ですな。新田殿、地図を、紙の地図を買ってきて貰えぬだろうか?」
「任せて下さい。結衣、ちょっとひとっ走り行って来るな」
伯爵に頼まれた新田は、最寄りのコンビニまで走り出す。
残された結衣たち三人は、彼のがコンビニから返って来るのを、首を長くして待つのであった。
五分後……走って来たのか、息せき切って新田が地図を持って来る。
「伯爵、これで良いですか?」
「ありがたい。では術者の特定を始める……」
新田が買って来た東京の地図を床に広げ、伯爵は禍々しい尻尾に残された痕跡を辿る。
尾から血が滴ったかと思うと、その血が地図の上を動き出し、秋葉原から南の方角へと移動し始める。
「お台場?」
「鳳学園のある場所に近いな」
地図の上を這う血液は、お台場の方へと集まり……結衣の通う鳳学園の近くで突如霧散する。
「くっ、気付かれたか……これ以上は分からぬな、すまない」
忌々し気に口を開く伯爵。彼によると、どうやら術者が探索の術に気付いたらしく、対抗術式を張られたとのこと。
だが、お台場周辺に拠点があることまでは突き止められた。
であれば行くしかないだろう。
「そらちゃん……君も行くのなら、これを使うが良い」
そう言って伯爵が差し出したのは、血液操作で浄化した猫又の尻尾。
先程までの禍々しさが消え、生気に満ちあふれている。
「預かり品を勝手に使って、良いの新田?」
「うーん。本当はダメだと思うが……四の五の言っている状況じゃないからな」
伯爵からの贈り物に喜ぶそらの姿を見て、結衣は新田にどうしようかと問いかける。
千紙屋がどうなるか分からない状態だ。ここは黙認しよう……との彼の言葉に、そうだねと結衣は同意する。
「そのお台場、ってのにはどうやって行くんだい?」
「この時間だと船はもうないので、新橋って駅まで電車で行って、ゆりかもめと言う乗り物に乗り換えます」
鬼女の問いかけに新田がそう答えると、またあの電車って小さい乗り物か……と彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
背丈が二メートルを超える彼女は、電車が非常に苦手であった。
その姿に苦笑した新田たちは、伯爵と別れ一路秋葉原駅へと、そしてお台場へと向かう。
一方、お台場の高層マンションの最上階では、探知に気付いた九尾の狐のあやかしである妲己が、対抗術式を張っていた。
「……除き魔は去ったようやね」
「千紙屋か?」
そう言い術を解く妲己に、こなきじじいのあやかし、小名木が問う。こんなことして来るのは彼らしかいない……千紙屋であれば、迎え撃つ準備をしなくてはならない。
「倉庫に行くで。あんさんの力が必要なんや」
「ふむ……良いでしょう。噂の千紙屋、喰いでがあると良いのですが」
妲己に呼びかけられたあやかし……見た目は千紙屋の主、平将門と瓜二つ。だがその正体は別。
それは猿の頭、狸の胴、獅子の脚、蛇の尾と言う神話上の合成獣であるあやかし。掴みどころがないと言う物の例えにも伝えられる伝説の生き物、鵺であった。
鵺はその能力を小名木たちに買われ、将門の力を取り込んだ。
だが元々が様々な生き物の合成である存在の鵺は、妲己により強化された能力の恩恵もあり、神の力を制御し支配下に置くことに成功したのだ。
「鵺。将門を封じた今、あんたこそが平将門や……頼んだやで」
「ええ、妲己様……お任せください。全ては天海僧正の為に」
そう言うと鵺は妲己に続き部屋を後にする。
残された小名木は、窓から鳳学園のグラウンドに居を据える東京結界の要、四神の朱雀を視る。
「千紙屋の小僧どもを片付けたら、次は朱雀……お前だ。そして東京に張られた四神結界を破壊し、この街を壊し、天海僧正を迎え入れよう」
千紙屋の小僧ども……新田と結衣の実力は以前の戦いで見た。あの程度では神の力を得た鵺には勝てないだろう。
そう確信している小名木は笑いが止まらない。これですべてが終わる……そして功労が報われるのだ。
「東京の最後の輝きに……乾杯」
無残に敗北する新田と結衣。そして崩壊する東京の姿を想像しながら、小名木は盃を呷る。
その酒の味は、今までで一番の美酒であった。
敵はお台場にあり!
奪われたあやかしの力、そして将門と獏の行方を掴んだ新田と結衣。
だが敵も迎撃態勢を整える……。
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