第十夜 鵺(その一)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第十夜 鵺(その一)
東京、秋葉原。電気街の裏通りにある雑居ビル。その五階の突き当りに東京の街に隠れ住むあやかし向けの融資・保証を行う『千紙屋』がある。
千紙屋とは、東京の四神結界が乱れたことでそれまで霊的な侵入を許さなかった東京にあやかしが入り込むようになった。
そんなあやかしたちには、身分や金と言った後ろ盾がない。そこで千紙屋が根無し草のあやかしたちにその能力を担保に金や身分保証を貸し出している。
いや、行っていた……が今は正しいのかも知れない。何せ、千紙屋は賊に急襲され、大事なあやかしたちから担保として預かった力の源を奪われたのだ。
「防犯カメラの映像を確認してみた……賊は三人。その内の一人が将門社長に途中で成り代わっている」
「また鼬みたいなのが現れたってこと?」
何とか壊されずに済んだノートパソコンを見つけ出した千紙屋の陰陽師見習い、新田 周平は、会社のクラウドサーバに保存されていた防犯カメラの録画データを確認する。
その光景を後ろから眺めていたもう一人の見習いである芦屋 結衣は、新田のその言葉に先日戦った変身を得意とするあやかしのことを思い出す。
鼬……彼は新田と結衣、そして千紙屋の主である平将門に化けて、新田と結衣を苦しめた。
だが最後は将門の力……神の力に触れ、その霊力に耐え切れず自爆した。
今回は、その力に耐えるあやかしが現れたと言うことだろうか。
「将門公はどうなったんだい?」
もう一人……身の丈二メートルを軽く超える巨大な身体を折り曲げて画面を見る統括地獄の獄卒、鬼女は動画の続きを催促する。
彼女にとっては地獄との道を開ける将門が居ないと帰れない……何とか見つけ出す方法を考えねばと首を捻る。
「それなんだが……途中でカメラが壊されて、将門社長がどうなったかまでは分からないんだ」
再生していた映像が突然ブラックアウトする……そして『NO SIGNAL』の文字が画面に浮かび上がる。
「あとは遺留品を探すしかないんだが……何か目ぼしい物はあったか?」
新田の問いかけに、部屋を探索していた結衣と鬼女は首を横に振る。
「そうか……そうなると手詰まりだな」
「そう言えば、獏ちゃんは?」
新田が難しい顔をしたところで、結衣がそう言えばと思い出す。
千紙屋に居候している獏のあやかし、夢見 獏……彼女の姿が無いのだ。
「ひょっとしたら、一緒に捕まったのかも知れない……獏なら、夢を通して居場所を教えてくれるかも!」
結衣の言葉に光明を見い出した新田は、一度結衣と暮らす浅草橋駅近くのアパートへ帰ることにする。
だがその前に、一行の前に立ち塞がる者があった。
神田川沿いに歩いていた新田たち三人。だがアパートまでもう五分、と言うところで彼らの前に立ち塞がったのは、友人の筈の猫娘のあやかし、猫野目 そら。
何時ものメイド服に空色の猫耳、だが千紙屋に一尾預けてあったその尻尾は元の二つに分かれ、猫娘……いや、猫又としての姿を取り戻していた。
「ご主人様……僧正様のため、死んで貰いますにゃ……」
「そらちゃん、どうしたの!?」
戸惑う結衣に向かい、鋭く剣のように爪を伸ばしたそらが無言で斬りかかって来る。
咄嗟に結衣は背中の鞄から折り畳み傘……式神の唐傘お化けを取り出すと、霊力を流し真の姿を取り戻させる。
「そらちゃん!? あなた、何かに操られてない!?」
「僧正様のためにゃ……」
等活地獄で修行した結衣たちは、尻尾を取り戻し、さらに何らかの細工をされ明らかにパワーアップしているそらの攻撃を楽に受け流せるようになっていた。
余裕があることは、戦略を優位に進めることが出来る……新田は結衣がそらと斬り結んでいる間に、彼女の姿を観察する。
そして、あることに気付いた。
「結衣、尻尾だ! 後付けされた方は色が違う! 何か細工をされている!!」
「じゃあ、その尻尾を斬り落とせば……!」
鋭く迫る爪……だが今の結衣の目にはスローモーションのように見える。
弾く、交わす……どちらにするか悩んだあと、かち上げてバランスを崩させることを選ぶ。
カキーンと硬質的な音が響き、驚きの表情を浮かべるそらの背後に回る結衣。
そして二尾に分れた尻尾の付け根を確認すると、後から付けられた方を唐傘で斬り落とした。
「はにゃ……? ……あれ、なんでここにご主人様たちが居るのにゃ?」
「そらちゃん! 元に戻ったんだね!!」
喜びのあまり思わず抱き着く結衣。その力は鍛えられており、そらの身体を締め付ける。
「ゆ、結衣ちゃん! ストップ、ストップにゃ! 潰れちゃうにゃ!!」
「あ、ゴメンなさい……!」
慌てて離れる結衣に、何時もの調子に戻ったそらは、潰れるかと思ったにゃーと話す。
彼女は絞められ赤くなった腕をぺろぺろと舐めるのだが、そんなそらに新田が問いかけた。
「そらさん。何があったのか、教えてくれないか?」
そう問われ、そらは思い出すようにしながら話す……尻尾を与えられた時のことを。
それは今から少し前……新田たちと同じ、浅草橋駅近くのアパートにそらが返ろうとした時のことだった。
「えーとにゃ、お仕事帰りだったんだけどにゃ……アパートの前で将門社長に会ったんにゃ」
「将門社長に!?」
驚く結衣にそらは頷く。念のため新田は再確認したが、それは間違いなく将門社長だったと彼女は告げる。
「それでにゃ、千紙屋を畳むから、預かり品を返すにゃと言われて……尻尾を返して貰ってから、記憶が曖昧なんだにゃ」
「偽の将門社長が、あやかしたちに改造した妖力の源を渡してる?」
「そんなことして、何のメリットがあるんだ?」
結衣の呟きに、鬼女が首を傾げつつ問う。確かにせっかく手に入れたあやかしの力、無駄に戻してしまっては意味がない。
「いや……意味はある。俺たちを倒すために、俺たちに近い存在を利用しようとしているなら、あり得ないことではない」
そう新田は告げると、斬り落とされた猫又の尻尾を調べるため近づく。
猫又の尻尾は、禍々しい気配を発しており、明らかに通常の尾とは違っていた。
「これは……伯爵の力を借りるのが良いかも知れない」
伯爵、ドラキュラ伯爵……そらの働いている猫耳メイドカフェ『フォークテイルキャット』の常連の一人で、彼女の熱心なファン。
血液を操作することが可能な彼なら、尾に施された術を解析出来るかも知れないと新田は告げる。
「それなら、また秋葉原に戻らないといけないね……でもそらちゃんも放っておけないし、二手に分かれる?」
「いや、また襲われるかも知れない……ここは念には念を入れて、団体行動で行こう」
結衣の問いかけに、慎重な面持ちで新田がそう答える。
ここにそらが現れたと言うことは、新田たちの住所は知られていると考えて良い。
そんな状態で分れて行動すれば、アパートで襲撃を受けるかも知れない。
考えすぎかも知れないが、ここは慎重に行くべき……そう新田は判断した。
「そらさん。今日は伯爵がお店に来る日ですか?」
「えーと、多分そうにゃ! でももう時間が時間だから、私が居ないと帰ってるかも知れないにゃ」
伯爵がフォークテイルキャットにご帰宅するのは十九時頃……今は二十時を過ぎているのでもういないかも、そうそらが言う。
「なら、妖に行くのがいいかな」
「そうだな。もしフォークテイルキャットにまだ居るのなら、妖で先に待たせて貰おう」
あやかしだけのBar『妖』……伯爵はここの常連でもある。
秋葉原へと来た伯爵は、まずフォークテイルキャットで腹を満たし、その後妖に行き軽く飲むのが彼のルーティーンであった。
だが、店は妖力を取り戻したあやかしによって大変なことになっていた。
賊に襲撃された千紙屋。新田と結衣は無事将門を、奪われたあやかしの力を取り戻せるのか……?
続きは明日の公開です!




