第八夜 座敷童 (その五)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第八夜 座敷童 (その五)
文京区白山、新田周平の実家に着くと、前回と同じく座敷童が出迎えてくれる。
「お帰りなさい、坊。そして朱雀の巫女……準備は良いみたいですね」
「ああ、待たせたな」
前回と違い、座敷童は泣きそうであったり、怒りの表情は浮かべない。
ただ、微笑みだけを浮かべていた。
兄……周一はと言うと儀式の準備中らしく、玄関まで迎えには現れなかった。
「お邪魔しまーす」
新田の相棒である芦屋結衣と獏のあやかしである夢見獏は、そう声を掛けながら今度は玄関から屋敷の奥へと入り儀式の間へと通される。
案内された儀式の間は、床に陰陽太極図が描かれており、その場所で新田の兄、周一は静かに待っていた。
「さて、これより座敷童様に宿りし白虎を、朱雀の巫女様に乗り移らせる儀を執り行う」
全員が壁際に座ったのを確認すると、周一は声を上げる。
そして朱雀の巫女……芦屋結衣と座敷童、そして中継となる夢見獏が前に出た。
「朱雀の巫女よ。白虎をその身に宿すこと……それはこの東京の街を護る守護者となると言うこと。覚悟は良いか?」
「勿論! 私は人間とあやかしが共存するこの街が好き……だから、東京を護る。護ってみせる!」
儀式に臨む結衣に向け、周一が覚悟を問う。すると結衣は力強く護ると答える。
それに満足したのか、うむと頷くと周一は術を唱え始める。
「巫女よ……見立て、と言うことは、巫女の身に何かあれば東京に何か起き、東京に何か起きれば巫女に何かが起こると言うこと。故に決して死ぬことは許されぬ。覚悟するのじゃぞ」
「大丈夫です、童様……私には新田がいます。一人じゃないんです。だから、簡単に死ぬとかはありません。ねっ、新田!」
神妙な顔で告げる座敷童の言葉に、結衣は心配性な相棒が居るからそう簡単には死なせてくれないよ、と新田の方を見ながら軽く答えると、二人は控えていた獏の顔を見る。
「獏ちゃん……それじゃ、よろしく頼むね」
「ええ、任せて下さい!」
獏はそう言うと、最初に座敷童と、そして次に結衣と手を繋ぎ合う。
その時だ。部屋の障子に無数の目が開いたのは。
「結界が破られた!? 誰の仕業じゃ!!」
童が声を上げる。だが童も、周一も、勿論獏や結衣も儀式のため身動きが取れない。
「俺が何とかする! 古籠火!!」
即座に立ち上がった新田は、携帯ストラップに化けている式神の古籠火に霊力を注ぐ。
障子に浮かんだ目に向かい、新田は石灯籠のあやかし……古籠火の灯りより炎を吹き出させる。
「古籠火、燃やせ!」
儀式の間の障子が燃え上がり、同時に目の大群が引っ込む。
「逃がすか! みんなは儀式を!!」
そう叫び廊下へと飛び出した新田は、逃げる目の群れを追いかける。
角を曲がり、突き当りまで駆け、そして目の群れは一つの部屋に隠れ込む。
「ここは……俺の部屋か?」
ドアプレートに『周平』と書かれた部屋。十年以上立ち入ることのなかった部屋の扉のノブを、複雑な思いで捻る。
そこは定期的に掃除がされているのか埃臭くもなく、何時彼が帰って来てもいい様に整えられていた。
棚には古いゲームが並び……そのうちの一つをフッと懐かしむように手に取る。
「人生ゲームか、懐かしいな……童と兄さんと、よく遊んだっけ」
新田が感慨に耽っていた次の瞬間だ。部屋に隠れて居た沢山の目がゲーム盤に取り付き、異界を展開する。
ゲーム盤の中に、新田を引き摺り込んだのだ。
人生ゲームの中に引き摺り込まれた新田は、気が付けば青い車に乗っていた。
となりには別の色の車、運転席には目玉だけのコマがハンドルを握っている。
だがコマの車にはアクセルもブレーキも無い……あるのは手元にあるルーレットだけ。
車から降りようとしても降りれず、古籠火で焼こうとしても徒労に終わった。
「ルーレットを回して進むしかないってか……面白い、速攻でクリアしてやる」
家族とゲームして、俺が一番強かったんだからな……そう子どもの頃のことを思い出しながら、新田はルーレットを回す。
すると車はマス目を進んでいき、次々とイベントが起きる。
報酬が車に乗せられ、たまに減らされ……抜きつ抜かれつを繰り返しながら、どんどんとゲームは進んでいった。
「結婚マスか……とりあえずゲームで勝つためには結婚だな。赤白青の三色のなかから選べ? まあ白で良いか」
次の瞬間、白のコマが助手席に乗ると……ウェディングドレスを纏った蛇迫白に姿を変えた。
「へっ? 白さん!?」
「あれ、私大学に居た筈……ってこの格好!?」
ウェディングドレスに気付いた白が頬を染める……慌てて新田は、これはゲームの世界だと説明するのに、ゲーム内時間で一ターンを消費したのである。
「わ、分かりました……このゲームに勝たないと、出られないんですね」
「ああ……多分、こいつは目目連だろう。障子に無数の目を開け、囲碁盤に憑りつく……現代と言うことでゲーム盤に憑りついたんだろうな」
目目連、碁打ち師の念が碁盤に注がれ、家全体に広まったと言うあやかし。
ただ、それが儀式の邪魔をするように新田の家に現れたのが気に喰わない。
何か関連があるんじゃないか……と新田は疑いつつ、ゲームを進める。
「保険マスですね、備えは必要です。買いましょう!」
「そうですね、トップでゴール出来ないと永遠に閉じ込められる……なんてことも考えられますから」
そう告げた新田の言葉に、白は永遠に……ちょっと良いかも、と思ってしまう。
だが、二人っきりの時間はそう長くは続かなかった。
「子どもが産まれる……赤と青のコマから選べ、ですね」
「先程は白のコマで白さんが呼ばれました。もし赤が結衣だとすると、儀式の邪魔をしてしまう……となると青ですね」
新田が青のコマを選択すると、メイド服を着た猫耳娘……猫野目そらが車に落ちて来る。
「ふにゃ!? なんにゃ、ここはどこにゃ!?」
予想通り……そう言う顔をする新田と、二人きりの時間が邪魔されむくれる白。
急に賑やかになった一行は、命が賭かっていることなど忘れたかのようにゲームを進める。
「三、二、一……」
「「ゴール(にゃ)!!」」
カウントダウンをした新田の視線の先には、ゴールマスがある、
ルーレットの目にも助けられ、何とかトップで辿り着くことが出来た。
「あとは最後の精算だな……多分勝っている筈なんだが」
目目連のコマが続いてゴールする。新田たちは各々振り返り、彼の精算を待つ。
そして上空に総資産がランキング形式で表示され、新田たちの一位が確定した。
その途端、ボンっと言う衝撃と共に三人の身体はキラキラと輝き……新田は新田の部屋に、白とそらはそれぞれの元居た場所へと戻される。
「白さん、そらさん、現実でまた……」
「はい!」
「はいにゃ!」
消えていく白とそらに再会を約束して、新田は自分が自分の部屋に戻ったことを確認する。
「お前は……ただ遊びたかっただけなのかも知れないな」
目目連が入ったゲーム盤を見下ろした新田は、童たちと遊んだ思い出を懐かしみながら、ゲーム盤に取り出した封じの札を貼ると鞄へと仕舞い、儀式の間へと駆け戻るのであった。
一方その頃、儀式の間では……結衣の瞳に、座敷童の中に封じられていた白虎が、獏の身体を通し自身の魂の中へと走ってくる姿が映っていた。
江戸時代より新田の家に伝わる白虎の力。それが新田の兄、周一の術で封印を解かれ、封じられていた座敷童の中から結衣の中へと渡っていく。
「そうか……視えたか」
「うん……巨大な白い虎が、私の中に駆けて行った」
座敷童の問いに結衣がそう答えると、童は満足そうに笑う。
そして獏に頼み、共に結衣の魂の中を視る。
結衣の魂の中に出来た箱庭の東京の街では、東海道の起点である日本橋に駆け下りた白虎が唸り声を上げていた。
そして周囲を確かめると、東海道……国道一号線に沿って結衣の魂の端まで走っては戻り、戻っては走りを繰り返す。
獏の力で結衣の魂の中を視た結衣と獏、そして座敷童の三人は、楽しそうに走る白虎の様子を見て、満足そうに頷く。
「良かったのう……これで童も天海僧正に顔向けが出来るのじゃ」
そう呟く座敷童は、これで役目が一つ終わったとホッと安堵のため息を漏らす。
「だけど、あとは青龍と玄武を迎えないと、見立ては完成しない……」
「そうですね。魂の器は充分そうですが……鍛えておくのも大事かと」
北と東……日光東照宮と隅田川の方角を伺いながら結衣がそう呟くと、獏が四神の器になるべく魂の強化が必要だと告げる。
「四神結界を張った天海僧正の為にも、東京を護らなくちゃ……だね」
結衣は最後にそう告げると、新田たちが待っている現実へ、魂の眠りから目覚める。
「さて坊よ、アレの封印を解きたいんじゃったな」
「ええ、お願いします……俺には結衣を護る力が必要なんです」
儀式の後、座敷童の前に出た新田は、バッグから呪符で包まれた塊を取り出す。
それは、新田の家に伝わる家宝である小刀、白虎の牙。
霊獣白虎から削りだした牙は、陰陽師として最高級の霊媒と言えよう。
これに古籠火の力を乗せれば、何倍、いや何十倍に力を発揮出来るに違いない。
だが今は使えないように厳重に封印されている。
「坊、これを抜くと言うことは……分かっておるな?」
「……そのつもりだ」
覚悟の程を試した童は、新田の前で印を組む。
そして呪を唱えると、白虎の牙を包んでいた呪符がスルスルと解けていく。
「では、触れさせて頂きます」
黒い鞘に包まれた小刀を引き抜く新田。牙、と言うだけあって、その刀身は象牙のように純白に輝いていた。
「キレイ……」
思わず見ていた結衣が声を上げる。
そんな彼女の前で、微笑んだ新田は古籠火を取り出す。
「古籠火、白虎の道を奔れ!」
そう言い、火炎を放つ新田……白虎の牙を通した霊力は、元々の彼の莫大な霊力を更に増幅し古籠火に注ぎ込む。
石灯籠の灯りから吐き出された炎は、昨日兄である周一と撃ち合った時とは比べ物にならない程巨大な火球であった、
「試し打ちとしては上々だな」
ピタ、っと炎を止める新田の手の中で、古籠火は再びストラップへと戻る。
それと同時に白虎の牙も、携帯ストラップに姿を変えた。
「どうやら持ち主に相応しい姿になるようじゃな。ほれ、呪符で編んだ糸じゃ……霊力を伝えるには相応しいじゃろ」
そう言って童が糸を渡す。新田はその糸をありがたく受け取り、古籠火と一緒に白虎の牙をスマートフォンに結び付けようとする。
「四神を集めるのであれば、まずは青龍が良いじゃろう。今の弱っている朱雀では、玄武を先に宿すと拮抗が保てぬかも知れぬ」
新田がスマートフォンのストラップホールと格闘している姿を結衣が微笑ましく見ていると、童がそう伝えて来る。
朱雀は平地の属性を持つ。だが朱雀が宿る南の地、臨海地区には山属性の高層ビルが立ち並び、朱雀の霊力は弱っていた。
その状態で山属性を持つ玄武を迎え入れると、四神のバランスが崩れるかも知れない……そう心配した座敷童の助言であった。
その言葉に、新田は童と……周一の方を見て、頭を下げる。
「わかりました……ありがとうございます、童様。そして兄さん」
「新田のことは任せて下さい!」
結衣がここぞとばかりに新田の腕を組みながら、二人に告げる。
「朱雀の巫女様、東京を頼みましたよ……!」
童と周一から礼を返され、腕を組んだ二人は屋敷を後にする。
新たな力と、新たな使命を胸に抱いて。
駐車場に停めて置いた車へと戻った新田と結衣の二人は、シートベルトを締めるとホッとため息を漏らす。
「結衣、身体に変調はないか?」
「うん、大丈夫! ……あっ!」
急に声を上げた結衣に、どうしたと新田が慌てて尋ねる。
「お兄さんには挨拶したけど……新田のお父さんとお母さんに挨拶していない!」
そう叫ぶ結衣に、なんだ、そんな事かとシートに身体を預ける新田。
「そんな事かじゃないよ! お菓子だって食べちゃったから渡せなかったし!!」
そう言えば蔵に閉じ込められた時、手土産のお菓子は食料として食べてしまっていた。
挨拶どころか、お土産一つも渡せなくては、将来のお嫁さん候補として失格……そんなことを結衣が考えていると、新田は車を駐車場から発進させながらポンポンと結衣の頭を叩く。
「心配するな、両親は今旅行に出かけている……童には結衣のことを伝えてあるから、そのうち改めて挨拶しに行けばいいさ」
「そ、それならいいけど……」
新田に頭を撫でられ、落ち着いた結衣は胸に手を当て心の中を視る。
そこでは朱雀と白虎が魂の中に造られた箱庭の東京で思い思いに過ごしている姿が視えた。
「童さんの言う通り、次は青龍を迎えに行くの?」
結衣は運転に集中する新田の横顔を眺めながら、そう尋ねる。
「そのつもりだ……だが、まずは社長に報告だな。見立ての儀式をやることは獏に連絡した時に伝えたが」
秋葉原にある『千紙屋』の社長、平将門は、新田たちの雇い主であり、陰陽師の師であり、神田・秋葉原地区を護る氏神。
東京を守護する数多の神の一柱である将門としても、今回の見立ての儀式は望ましいことであろう。
「それにしても……あーあ、どうせならお兄さんに新田の小さい頃の話しとか聞いて見たかったなー」
「そんなの聞いてどうする?」
そう問いかける新田に、結衣はにひひと口元を手で隠しながら答える。
「そりゃ……恥ずかしい過去を聞くのは、家庭訪問のお約束でしょ?」
「……もうお前は金輪際、実家立ち入り禁止な?」
そう話す結衣の言葉に呆れながら、新田は秋葉原へと向けてハンドルを切る。
スマホホルダーに付けた新田のスマートフォン。そのストラップがじゃれ合う二人と同じように仲良く二つ揺れていた。
邪魔が入ったものの、儀式は成功し、白虎の力が結衣に渡る。
そして新田も新たな力を得た。
そんな二人に、将門は何をするのか……。
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