第七夜 獏 (その三)
東京、秋葉原。その一角に平将門が経営する『千紙屋』と言うあやかし専門の金融業者があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武による四神結界に護られている東京だが、朱雀の守護する海浜地区に反属性である山、玄武の属性である高層マンションが乱立したことで四神結界は弱まり、東京の街はあやかしたちが人間社会に交じり生活していた。
だが戸籍もないあやかしたちは金融面で弱い。そんな彼らに貸し出しや保証人となり、時には妖怪と人間の揉め事などにも介入する。
それが『千紙屋』……そんな千紙屋に、将門公に見い出された二人の人間が加わる。
これは新田周平、芦屋結衣。二人の見習い陰陽師の物語である。
●第七夜 獏 (その三)
芦屋結衣が見ている夢の世界へ降り立った新田周平は、その惨状に驚く。
「これが結衣の夢の中……東京が崩壊してるじゃないか」
ビルは崩れ、首都高は落ち、スカイツリーは折れている。
何故か二人が勤める、秋葉原にある千紙屋が入っている電気街裏の雑居ビルだけは無事で、新田は不審に思いながらもエレベーターに乗ると五階のボタンを押す。
チーンと言うベルの音と共にドアが開き、廊下を直進すると彼は職場であり、あやかし相手の金融業を営んでいる『千紙屋』のオフィスへと入る。
そこでは、千紙屋の社長である平将門が新田の訪れを待っていた。
「将門社長!? なんで結衣の夢の中に……もしかして助けに来てくれたんですか?」
嬉しそうな新田の問いかけに、将門はその喜びを手で抑えると残念そうに首を横に振る。
「私は結衣君の意識の中に存在する平将門……神格化されている分、消されなかっただけの存在。今の私には新田君の望むようなことは出来ません」
「そうですか……」
将門の言葉に、残念そうに首を落とす新田。将門社長の力があればこの夢の世界の結界も容易に破壊出来ると思っただけに、新田の落胆は激しい。
「ですが、何も出来ない訳ではありません……一応、神様ですから」
ニコッと笑みを浮かべながらそう告げる将門の言葉に、落ち込んでいた新田の表情がパァッと明るくなる。
現金な君も好きですよ、そう言いたげな優しい瞳で新田を見つめる将門は、彼に三つの手助けをすると伝える。
一つ目は、結衣のいる場所まで飛ばすこと。
東京と言っても面積は狭いようで広い。例えば山手線の内側だけで六十三平方キロメートルあるのだ。
六十三キロメートルではない。六十三平方キロメートルだ……東京全体で見れば、小さな国なら丸ごとスポッと収まってしまう。
そんな広い東京の何処にいるか分からない結衣の場所に連れて行ってくれる。非常にありがたいとこの時の新田は思った。
そう、実際の方法を知るまでは……。
「新田君。覚悟はいいですか?」
「覚悟、今覚悟って言いましたよね!? 良い訳ないじゃないですか!!」
千紙屋の入っているビルの屋上。そこでは将門と新田の位置を起点に、南に向け五芒星の印がまるで銃のバレルのように連なっていた。
そして新田はひょいと将門の肩に担ぎ上げられる……想像したくないが、新田は将門に恐る恐る尋ねる。
「ひょっとしなくても……投げるつもりですか?」
「ええ。結衣君の元まで一瞬で到着しますよ。それでは、いきますよー!」
そう言うと、将門は肩に担いだ新田をまるで野球のボールを投げるように五芒星に向かい投擲する。
「うぐっ!?」
五芒星の印を通過するたびに新田の身体は重力の楔から解き放たれ、勢いよく加速していく。
一枚、二枚と五芒星を突破し、どんどん速度が上がっていく新田は、加速に負け息が出来なくなる。
これは、あえて言うなら陰陽師式電磁投射砲、と言ったところか。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして悲鳴を残してお台場方面へと向けて撃ち出される新田。
将門は文字通り飛んでいく彼を見送りながら、この世界を頼んだと小さくなるその姿に向けエールを送るのであった。
新田が将門と会話していたのと同じ頃。結衣はと言うと、お台場は鳳学園のグラウンドで朱雀に出会っていた。
朱雀……東京を結界で護る四神のうちの一体。その朱雀が彼女の夢の世界なのになぜいるのか? そう不思議に思いながらも近づく結衣に、朱雀が語り掛ける。
『待っていました。我が巫女よ……今こそ、我が力を振るう時です』
「朱雀……の巫女? 私が!? それより力を振るう時って……」
突然の話しに、混乱し付いていけない結衣。高位の存在は会話を省きたいのか、それ以上伝える気がない様子で結衣は困り顔を浮かべる。
短い会話の中で分かったこと。それは自分が朱雀の巫女らしいと言うことと、その力を振るえ、と言うこと。
朱雀……不死鳥の力は破壊と再生。それはこの壊した夢の東京を復元せよと言うことなのか? 結衣は恐る恐ると確認をする。
「朱雀……様? その、力を振るうのはこの夢の世界ですか?」
『いいえ……現実世界で、です』
現実の東京は滅びていない……力を振るう必要などないのではないか、そう結衣が問うと、朱雀は呆れたように彼女に告げる。
『良いですか、我が巫女よ……東京の四神結界は最早張子の虎、現にあやかしの侵入を許しております。それもこれも我が宿りし南の地に北の玄武が司る山の属性……あなたたちの言葉ではビルですね、が乱立し、属性が乱れているのが原因です』
なので、その元凶のビルをすべて破壊し更地にし、我が力を取り戻さねばならない。
そうしなければ次に襲い来る災厄に東京は耐えられない……そう朱雀は結衣に語る。
「だけど、それって今いる人たちを犠牲にして、ってことでしょ? そんなの許される訳がない! 朱雀、間違っているよ!!」
『許す許さないの話ではないのです。この東京が持たない時が来たのです……それにあなたは我が巫女、拒否権はありません』
そう結衣に告げると、むくりと立ち上がった朱雀が彼女に向け一歩、また一歩と近寄って来る。
結衣もじりじりと後ろに下がるが、やがて校舎の壁に追い詰められてしまった。
『さあ、我が力を受け入れ、使命に目覚めなさい……朱雀の巫女よ』
嫌だと強く念じる結衣であったが、神獣である朱雀の力には抗えず、彼女の中に朱雀が入って来る。
ドクン、と強い鼓動が脈打ったと思うと、結衣の全身に熱い炎が流れていく。
全身を覆う服が弾け、身体が無理やり成長させられる。
年の頃はハタチぐらいだろうか……ショートカットだった白い髪も腰まで長く伸び、スレンダーな美人へと姿を変えたかと思うと、不死鳥を思わせる白と赤の巫女服のような衣装に包まれた。
剥き出しになった背中からは朱雀の翼が生え、結衣の身体を宙に浮かす。
手には炎で出来た弓と矢を持ち、彼女はそれを番えると天に向かい放つ。
そして放たれた炎の矢の一撃で、上空を覆っていた夢の結界が内側から破壊された。
『(ダメ……結界の外に出たら、東京が滅んじゃう!)』
結衣の意識は朱雀の巫女に封じられ、声にならない。
対する朱雀の巫女はと言うと、眠っている結衣本体の意識を覚醒させるべく、朱色の翼を大きく羽撃たかせ解れた結界の穴へと向かう。
……そんな時だ、北の方角から何かが飛んできたのは。
結衣の夢に降りたつ新田は、夢の中の平将門に出会う。
そして結衣もまた、彼女に宿る朱雀と逢っていた。
朱雀の要求を拒む結衣はどうなるのか?
気になる続きは明日の公開です!