ギター・マンドリン部の秘密③
アクセスありがとうございます。
【もし、お話を読み続けて下さっている方がいるのなら】
お読み下さり、本当にありがとうございます。前回に引き続き、あまり明るい話ではありませんが、更新させて頂きました。過去があるからこそ、今の彼ら、彼女らの演奏があると思いますので、もし良ければ幸いです。
学生時代に味わった嫌な気持ちコンプリートセットみたいなお話ですので、暗い気持ちに陥っていらっしゃる方や、トラウマで苦手な方などが居れば、次回のお話の前に簡単にあらすじつけさせて頂きますので読み飛ばしてください。
【初めてこの作品にアクセス下さった方へ】
アクセス下さり、本当にありがとうございます。
このシリーズは割と「楽器!楽しい!青春!」という感じで、迷いながらも進んでいく葛藤も含めて、明るく書いていくのが目標ですが、今回のお話は本当に救いようがありませんし、学生時代に味わった嫌な気持ちコンプリートセットみたいになっていますし、私も書きながら過去を思い出して泣きました。
苦手でしたら、ブラウザバックして頂けますと幸いです。
そして、もしほんの少しでもこの作品に興味を持ってくださったのなら。
最初の方は、闇は見えますが明るい雰囲気を保っていますので、もし良ければそちらお読み頂けると、とっても嬉しいです。
さて、前置きが長くなってはしまいましたが。
前回、指揮のアイ先輩が演奏中に1st1年の生徒に怒ってしまったところからお話は続きます。
少し長くはなりますが、お楽しみ頂けますと幸いです。
その日以降もしばらく、練習はいつも通り行われた。
怒られた1stの同級生は連絡なしで欠席をしたが、過去にも何回かあったため、誰も何も言わなかった。
「昨日はごめんね。じゃあ、今日は前の続きから」
アイ先輩はそれしか言わなかったが、それだけで十分だった。
アイ先輩がどれだけの物を抱えているのか、私なんかが理解することはできない。
だが、3年ぶりに全国大会に駒を進めたらしい去年の7月。結果発表の後、泣きじゃくる先輩たちに、同じく泣きじゃくりながら、力強く言葉をかけるアイ先輩を思いだすと、どうしてもこの人にのしかかったものの重さに同情せずにはいられなかった。
中学からの持ち上がりが多い中で、外部生としてこの学園の高等部に入学し、楽譜を読むところから練習を始めたらしい、先輩。
自分がやるしかなかった指揮を笑顔で引き受けた先輩。
登校中、ずっとメトロノームを聴きながら歩いて、身体にテンポを叩き込んでいた先輩。
誰よりもマンドリンオーケストラに対して真摯で、休みの日にも演奏会や講演会にも足を運び、楽譜に溢れんばかりの色で書き込みをしている先輩。
ひとりひとりに配られる合奏の感想シートに添えられたイラストに、こんなことしなくたっていいのに。と言いたくなる。
だが、この人は本気なのだ。
だったら、今の私にできるのは、ここに居ない人間に負の感情を抱くことでも、先輩に同情の目を向けることでもなく。ただ、まっすぐ同じ熱量でマンドラに向き合うことだ。
全国大会の予選まで3週間を切った今、とにかく演奏を。
それは、先輩や同級生も含めたこの場の人間の総意だったらしく、誰も何を言うでもなく、合奏が進んだ。
それが、大問題だったのだ。
全国大会の予選まで2週間を切った日。
合奏練習用に半円に並べられた椅子に座り、チューニングをしたり、楽譜を確認する小さな音の中に、バンッと大きな音を立て、破壊せんばかりの勢いで扉を開いたのは野球部の顧問のゲンダだった。
「おい、おめぇら!何呑気に演奏なんかしとんねん!!」
そう言って、バンッと叩かれたドアが揺れ、全員がゲンダの方を見て固まる。
「人様の人生狂わせといて、何優雅に楽器触っとんねんボケェ!先にやることあるやろ!」
そう言ってドアをバンバンバンと叩き威嚇するゲンダに、立ち上がったのはチェロの先頭のタニザキさんだった。
「ゲンダ先生、お言葉ですが。今の私たちにとって『やるべきこと』が、演奏だと思ったので私たちは演奏をしています。それをゲンダ先生に否定される理由が分からないのですが、一体どうしたのでしょうか」
落ち着き、笑顔を浮かべながらも、タニザキさんは明らかな圧をかけて問いかけた。
「タニザキか。お前、中等部の最初から2年になった今もずっと主席なんやろ。
俺もこんなアホの説教にお前を付き合わせるのは心ぐるしいわ、お前別室で練習しとき」
そんな言葉に、タニザキさんはひるまず続ける。
「今からは合奏の練習です。私だけが練習をしても意味がありません。
要件だけ伝えて頂くのは難しいのですか」
そう言って笑顔を浮かべ続けるタニザキさんに、ゲンダはちッと舌打ちをする。
「俺のクラスの○○のことや」
部活に来なくなった、1st1年の彼女の名前を聞いて、全員の顔がサッと曇る。
勿論、現実逃避をしていた訳ではない。連絡を入れても既読にならず、学校にも来ていないとなると、もう私たちにはどうしようもなかったのだ。
「あの真面目やった○○が、学校に来んなった」
それだけ言うと、ゲンダの鋭い視線がオーケストラの中心に向かう。
「2年トミナガ、1年ササキ。原因はお前らや、分かっとるんやろ」
そう言うと、全員の顔が指揮のトミナガ アイ先輩とササキ カノンちゃんに向いた。
「ササキ、お前が○○に『演奏が壊れるから楽器弾くな』って言った。だから○○は合奏中も楽器が弾けんかった。だが、それでトミナガが激怒して、○○に楽譜を投げつけた。それがトラウマで○○は学校に来れんくなってんや。どないすんねんお前ら!」
そんな言葉に、全員が「え?」と固まる。カノンちゃんが、そんなことを?
カノンちゃんを見ると、真っ白な顔で目を見開いたまま震えていた。
「違う、だってあの子が演奏中にスマホ触ってたから……!」
「アホ!言い訳なんかいらんねん!」
そう言って、アイ先輩が発した言葉はゲンダのにぴしゃりと打ちのめされた。
「○○はこうも言ってた。『私は、下手くそだから、合奏で音は出せない。だけど、せめてテンポは確認しようと思って、メトロノームを触ってた』ってな。お前のそのアホみたいな勘違いで、○○は学校に来れんくなってんぞ。どう責任とんねん!」
そんなゲンダの言葉に、アイ先輩は何も返すことができず、ただ黙ってしまった。
「ササキ、お前が言った言葉に間違いはないか」
そう言ってゲンダはカノンちゃんの方に目線を動かす。一点を見つめて震えていたカノンちゃんだが、ぐっと息をのむと口を開いた。
「っ、私には、そんなつもりはありませんでした。ただ。ただ、合奏でずっとうまくいってないところがあったからそこを練習しようって、説得したくて。……でも、そう捉えられてもおかしくない強い言葉だったとは思います」
それだけ言うと、カノンちゃんは下を向いてしまった。
もしかして、あの時かけてた言葉の事か?
そんな言葉を言っていたかと思いながら、記憶を巡らせていると、一瞬静かになった空気に声を上げたのはタニザキさんだった。
「確かに、こちらの仲たがいはあったのかもしれませんし、トミナガが楽譜を投げつけたのは事実です。しかし、これは私たちの問題で、指揮であるトミナガ、部長、副部長、そして○○さんが所属していた1stパートで話し合い、○○さんに連絡がつかないこと、学校にも登校していないことから、一度キシモト先生から○○さんにコンタクトを取ってもらい、返事を待つということになっていました。そこにゲンダ先生がいらっしゃって、私たちの活動まで否定されるのは、いささか不自然ではありませんか」
そんな言葉に、ゲンダはため息をつきながら応える。
「さっきも言ったけど、部活のせいで○○が学校に来れんくなるなら、担任である俺はそれを見過ごすことはできん。だから、ここに来てん」
そう言うと、ゲンダは表情を動かすことなく、事実だけを告げた。
「お前ら、活動停止や」
……。
……。
…………。
は?
言葉の意味が分からなかった。
「……活動停止ですか?」
少し震えた声でタニザキさんが繰り返す。
「あぁ、そうや」
ただ、淡々と頷くゲンダに、ヒッと息を吸い込む音と、ガシャンと何かがひっくり返った音がした。
ガッ、ヒュー、ヒュー
地面に突っ伏したアイ先輩から、空回りする息の音が聞こえる。
「大丈夫かっ」
そう言って駆け寄ったニッタ先輩が、アイ先輩の背中を押さえながらハンカチを差し出す。
ハンカチで押さえられ、小さくなった息の音の中で、タニザキさんがひきつった笑顔と共に声を上げる。
「あと2週間で、今まで準備してきた全国大会の予選があるんです。せめてそれだけでも……」
その言葉にゲンダはふっと笑顔を浮かべた。
「安心せい。そこら辺はちゃんと考えたっとる」
そう言って、背を向けて歩いて行ったゲンダの後ろから、少しやつれたキシモト先生が出て来た。
「ごめんなさい、私」
そんな言葉に、誰も何も返せない。
「どこから説明したらいいのかしら、その」
そう言って下を向いた先生だったが、はっと何かに気が付いたように顔を上げた。
「あなたたちは、今日から活動停止です。楽器を持って帰ることも許可しません。
直ちに帰宅し、明日以降この部室にも立ち寄らないように。
再開の時期についてはまた連絡します」
それだけ言うと、キシモト先生は、はっと息をついて腕を組んだ。誰も何も言えないままで、動けない。
ただ、静寂の中に、アイ先輩がハンカチで口を押えながら涙や鼻水をすする音だけが響いていた。
ガタン。
最初に動いたのは、タニザキさんだった。
何を言うでもなく、ただ楽器をクロスできゅっきゅと拭き、弦をピンピンピンとならしながらペグを回して弦を緩めていく。
また、次も、次も……。
誰も、何を言うでもなく、ただ弦を緩める小さな音だけが部室の中にあった。
今までずっと使ってた教室なのに、空気が痛いぐらい冷たくて、身体中が痛かった。
こうして、私達ギター・マンドリン部は、活動停止となった。