ギター・マンドリン部の秘密②
【ギター・マンドリン部パート紹介】
1st→
マンドリンの、主にメロディーを担当するパート。当時1年生のカノンが所属。
2nd→
マンドリンの主にハモリを担当するパート。決して引き立て役と言ういわけではなく、重要な役割を任されることも多々ある。
ドラ→
正式名称は『マンドラ』。当時1年のカナミが所属。
チェロ→
正式名称は『マンドロンチェロ』。『セロ』と表記する団体も多い。当時2年生のタニザキが所属。
ギター→
クラシックギターを演奏しているパート。当時2年のニッタが所属。
ベース→
コントラバスを演奏するパート。
本作では登場しませんが、パーカッション、フルートなどが登場する団体もあります。
カナミ、1年生の初秋。
「あ~!ダメだぁ!1st遅れた!最初からやり直し」
「はい!」
滑り止めで指ににじんだ汗をぬぐい、ピックを持ち直してもう一度構える。
指揮をする2年生のアイ先輩に合わせて、はっと息を吸い、もう一度ジャンと力強くトレモロを繰り出す。
曲名は『細川ガラシャ』
楽器が力強いトレモロの重なりやアップテンポなメロディーの中で行われる素早い指さばきが印象的だが、それだけじゃない。
切り替えが多く、全員の一挙一動がぴったッと合わなければハーモニーが壊れる繊細さの中で、戦国の乱世を強い信念と共に美しく生き、波乱の生を全うして悲しく散って行った、「決して力強いだけではない」細川ガラシャの生きざまをどう表現するかが試される、いわゆる「いくら噛んだって嚙みたりない曲」だ。
「う~ん、ここ、難しそう?他の楽器の入りがあるから、マンドリンのトレモロは絶対にピタッとここで辞めて欲しくて。多分3日前にタイミング合わせられるようになるの、宿題って言ったと思うんだけど……」
また、同じところで演奏が止まってしまった。指揮棒で楽譜をコツコツとしながら、先輩がマンドリンの主に主旋律を弾くパートである1srの一番後ろに座る生徒を見る。
カノンちゃんの横に座る女子生徒は、ヘラヘラと笑いながら
「すみません」
とだけ答えたが、やっぱりこの日、この合奏が合うことはなかった。
全国大会の予選まで、あと一か月。
この学校は、全国大会常連というわけではないが、それなりの熱量を持って大会に挑んでいた。
選抜はない為、希望すればだれでも大会に出場することができ、今年は、1年生と2年生の全員が合奏に参加している。
「あ~、じゃあ今日はこれでおしまい。また明日~!」
そう言って、指揮の先輩はイヤホンをはめ、指揮台ごと廊下に出て行った。
一応定刻を迎えたので、部活自体は終わりだが、予選が近いこともあり、運動部が帰るような最終下校時間まで練習する生徒がほとんどだった。
「やっと終わったね~。カナミっ」
そう言って、楽譜をめくる私にとんっと体当たりをしたのは、先ほど注意されていたマンドリンパートの生徒だ。
反動で、カツンと落ちた眼鏡を、マンドラを抱えるような形で腰を折り、椅子に座ったまま拾い上げる。
「ねぇ、カナミもおしゃれすればいいのに。目くじら立てられるような成績じゃないでしょ。小学校から変わんないような恰好してて恥ずかしくないの?」
そんなことを言いながらネイルを施された指にクルクルと巻き付けられた髪は、茶色に染められ、その隙間からはピアスが輝いていた。
一部の人間から学力至上主義と称されこの桜谷学園では、一定の学力さえ収めていれば、大抵の事には目を瞑ってもらえている。中等部の頃から成績トップ20に入り続けてるこの子に注意できる教師なんて、一人もいなかった。
「あれならさ、今度美容院連れてってあげるよ。肌白いから明るい髪も絶対似合うし。カラコン入れて、メイクもしてさ」
鎖骨まで伸びた髪を、後ろで一つにくくり、マスクで顔を隠したままの私は、小さく「はは」と笑いながら眼鏡をこつんと指で叩くしかできなかった。
さっき、ここの出だしが遅れた。ここのアクセントもちょっと弱かった。
そんなことを考えながら、何となくの相づちを打っていると、1stの一番後ろからカノンちゃんが近寄って来る。
「ちょっと良い?」
そう言って見ているのは、私ではなく、同じく1stパートである、彼女だった。
「さっきのところ、良かったら一緒に練習しない?もうすぐ全国大会の予選もあるし、先輩たちも一回パート練しないかって」
そう言ってちらりと1stの方を見ると、先輩も同級生も譜面台と椅子を持ち、パート練習用の小さな円をつくっていた。
近くに顧問のキシモト先生がいることから、パートのタイミングが合わない部分を洗い出し、合うまで徹底的に練習しようという意図が見える。
「え、ごめん。私これから塾行かなきゃで」
そう言って、彼女は、一番後ろの方に取り残されていた、マンドリンや椅子の方へ向かい、急いで片づけると、申し訳なさそうな顔を円の方に向けた。
「すみません。もう練習終わる時間ですよね。また明日、パート練も参加するんで。お疲れ様です」
それだけ言って、足早に出口に向かう。
「ねっ」
声を投げかけたのは、また、カノンちゃんだった。
「あのね、大声の中に間違った音があるのと、静寂の中に間違った音があるのだと、意味が全然違うと思うの。もし良かったら、ちょっとだけでも時間もらえない?」
そう言ったカノンさんに、彼女は、へにゃッと笑うだけだった。
「ごめん、時間あるから」
――
翌日。キシモト先生は職員会議でいなかったけど、今日もメニューは合奏練習だった。
「それじゃあ、最初から」
そう言って、ふっと振られたタクトに合わせて息を吸う。
ジャンと振られた手から、勢いのある力強いサウンドが飛び出した。
少し息を止め、タイミングを間違えないようにダウンで音を奏でる。
昨日は止められたところも突破できた。
よし、次も。次のところも。
楽譜の書き込みのカラーペンを目で追いかけながら、一つ一つ丁寧に奏でる。
うん、いい感じ。今日は全体的に調子が良かった。
いつもなら止められる演奏も、今日は最後まで行けた。
おぉ、本番1ヶ月前にしてやっと満足のいく演奏ができた。
そんな達成感に溢れる自分とは違い、アイ先輩は暗い顔をしていた。
指揮台にタクトを置き、楽譜を持って、カツカツと1stの前に向かって歩くと、例の彼女の前で立ち止まった。
「ねぇ、ふざけてるの?やる気ある?」
低く冷たい声に、空気が凍る。
「は、はは」
と乾いた笑いを浮かべた彼女に向かって、先輩はもう我慢できないというように、楽譜を投げつけた。
「本当にふざけんなよ、お前っ。弾かねぇなら入るなよ。辞めろよ、辞めちまえ。
私たちの最後の大会。演奏っ、お前っ!」
すっごく優しいけど、マンドリンに対して、誰よりも熱い先輩だった。
合奏では厳しいことも言われたけど、それ以上に先輩が努力していることを知っていたから、絶対について行こうと思うことができていた。
ハッと気が付いた時には、泣きながら、怒りのままに暴れる先輩に「落ち着いて」とタニザキさんが後ろから抱き着いて静止している。
小柄なタニザキさんがふっとばされたところに、ニッタ先輩が出て叫ぶ。
「なぁ!落ち着けよ!楽器が壊れる!」
そんな言葉に、アイ先輩は、膝から崩れ落ちた。
「なんでなの、私の、高望み?エゴ?」
地面に突っ伏して泣きじゃくる先輩の前で、誰も何も言うことができなかった。
「あのっ、あの、私」
そんな声に、誰もが1stの彼女に目線を投げる。
「あっ」
それだけ言い残して、彼女はすべてを置いてバタバタと部室を走り去っていった。
この日以降、彼女がこの部活に来ることはなかった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
書いていて思うことが溢れてきてしまい、後半部分は少し時間をおいて客観的に見つめ直してから投稿したいと思い、一旦半分に分けました。
どちらも間違ったことを言っていないのに、意見が衝突し、誰かが傷つくことって多々ありますよね。
なるべくその喪失感を表現したくて、過去を書く際は、絶対に「誰か悪のボスがいる」みたいなことはせず、できるだけ色んな人間の当時の様子を、なるべく感情に流されないように書こうと、構想の段階から決めていました。
本作では、現在ギタマンの再建に向けて何とかことを動かしたいと考えている『ハヤテ』目線で物語が進んできましたし、部活物の作品では基本的に『好きで、全力で取り組むこと』が良しとされています。
そんなこともあり、やっぱり、カノンや叶実サイドの発言が正義を全うしているように見えてしまうんじゃないかと思いますが、現実はそうじゃなくて。
この部活に来れなくなってしまった子が言っていることも、決して間違いではない訳です。
そこがすごく難しいところで、お互いに、意識的な強い『否定』の感情は持っておらず、本当に『すれ違い』だとしか表現できないところに歯がゆさも覚えます。
誰が正解とかは絶対にないですし、「こんな未来を掴めたら100点」なんて物も存在しません。
ただ、この生徒同士のすれ違いの中で、取り巻く環境や力がどう変わってくるか。
救いようのない話ですし、あまり読んでいて爽快感を得られるようなものではないと思いますが、また投稿させて頂きます。
明後日の夜頃、また投稿させて頂く予定ですので、もし良ければまた遊びに来て下さると、とても嬉しいです。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます。