俺って一体……
「やべぇな、アツシ。朝一から怒られてやんの」
古典の授業が終わった後、ニヤニヤと近づいてきたのはコウダイをはじめとする、同じクラスの野球部の奴だった。
「まぁ、期待されてんじゃね?何せ高校入学前から『高校野球の花』と名高い仲村 厚司様がこんな学校に来てくれるんだから」
「確かに。3回戦に進めたら万歳レベルの高校なのに、あいつだけ異様な程やる気満々だもんな」
なんだか嫌な空気だ。そんな空気を気にしてないみたいに、コウダイはアツシの方を向くと口を開いた。
「アツシ、お菓子は食べちゃダメだぞ」
ニッコリと笑うコウダイとは対照的に、アツシはブスッと肘をついたまま口を開いた。
「練習遅れて怒られてる奴がいっちょ前のこと言うなよ」
アツシの低い声に、一瞬空気が固まった。
こいつは本当に。昔からこういう誤解を生むもの言いをする。
コイツの心情を代弁すると
『なにぃー?お前だっていつも練習遅れて怒られてるじゃん!仲間の癖に、コノコノ!』
である。ただ、腹が減って元気が出ないだけなのだ。
だが、そんなことを察してくれるのは、ほんの一握りなのだ。
どうフォローを入れようかとコウダイの方を見て、はっとした。
「なにぃ、お前。俺が運命の幽霊さん探しをしてるのを寂しく思ってるのか。コノコノ!」
そんな風にアツシに肩を組み、ほっぺをつつくコウダイは、アツシの物言いなんて気にも留めていないようにニコニコと笑っていた。
「うるせぇ」と一蹴され、弾かれたコウダイが、そういえば、と思い出したようにこちらに向き直る。
「そう言えば、この前幽霊さんを探していたらハヤテに会ったんだよな。何してたんだよ、あんなとこで」
本当に不思議そうにこちらに向けられたコウダイの視線に、思わずウっと言葉に詰まった。
「自主練だよ。部活の」
そう言って、足元にあるマンドリンに目をやる。
そう、部活だ。学校からは認められていなくて、他人の前では名前を出すなと念を押されるが。紛うことない、部活動だ。
「はー。自主練か。何だ?『キラキラ星』とかか?」
いや、俺はまだそんなところに居てねぇ。
やっとまともに音を出せるようになったところなんだ。
アツシには言えたのに、なぜだかキラキラした目でこちらを見つめるコウダイたちの前では言えなかった。
「あぁ、いや、まぁ」
何となく煮え切らない態度をとるが、それでコウダイは満足したらしい。
「そうか。選抜のある野球とは違って、音楽系の部活は弾けない奴が一人いると音楽全体が壊れるって言うもんな。大変だと思うけど頑張れよ」
そう言ったコウダイの言葉は、悪意がないことが分かるからこそ、俺の胸に深く突き刺さった。
俺は、あのギター・マンドリン部の演奏が好きで、カノンさん達が好きで。
でも、あれ?
俺があの部活にいる理由ってなんだ?
人に胸を張って部活名すら言えない俺が、
楽譜すら読めない俺が、
基礎練習を始めるスタートラインに、立っているのがやっとな俺が。
あの演奏の中に入ろうとする理由ってなんだ。
『あの部活に執着する理由って、なんだ?』
そんな黒い靄が、気が付いた時には自分の中にいっぱいに広がっていた。