金髪少女の正体
右手で握ったピックを、一番上の太い弦であるG弦に当てたまま、ぼんやりと天井を見つめる。
「幽霊なら、純粋にマンドリンを弾ける、かぁ」
カノンさんは「なんちゃって、冗談冗談!」と言って笑っていたが、あの言葉も表情も、どうしても頭から離れなかった。社会のしがらみと言われて思い浮かぶのは、入部届を出しに行った弦楽器部の顧問のこと、だれも詳しく話そうとしない、ギター・マンドリン部が非正規の部活になった時のこと、そして何よりあの俺を絶対に認めないといった金髪の女の人の事だった。
「なんなんだろうな、あの人」
ぼそっと呟いた声は、窓の外にもきちんと届いたらしい。
「言いたいことあるなら、直接言いなさいよ」
「わぁ!!」
驚いて立ち上がろうとして、椅子に膝をとられて盛大に転ぶ。
何とか守ろうと上に掲げたマンドリンの無事を確認し、安心してため息をついてマンドリンを弾き寄せると、真上からこちらを見下ろす緑の瞳と目が合った。
「うぁぁぁぁぁ!」
驚いて上半身を起こすと、「しぃ!」っと指を口に当てた顔がこちらに近づけられた。
「どうすんのよ、下に聞こえたら。カノンちゃんたち来ちゃうでしょ」
そんな心配も虚しく、1階から
「ハヤテくん!どうしたの!」
と叫ぶ声と、階段を駆け上がる音が聞こえて来た。
「あ、あのっ、大丈夫です!」
まだ姿は見えない先輩に向かって叫ぶ。
少し部室から出て、階段の下を覗くと、階段の丁度真ん中である踊り場で、カノンさんが心配そうにこちらを見ていた。
「あの、ゴキが、とてつもなく大きなゴキブリが出て。びっくりしたんですけど、潰したので、大丈夫です。お騒がせしました」
ハハハと笑いながら頭を掻く俺を見て、カノンさんも安心したらしい。
「そっか、良かった。気を付けてね」
そう言って笑みを浮かべると、胸の前で熱血教師みたいにぐっと拳をつくり、「頑張って」と言い残してパタパタと合奏の準備に戻って行った。さてと。
自分の練習部屋である物置きに戻って、先ほどまで開かれていたドアをぱたんと閉めた。
「誰がゴキブリよ」
部屋の真ん中にペタリと座る彼女から送られる、こちらをジトッと睨む視線が痛いが、それに謝るよりも前にしたいことがあった。
「あなたは誰なんですか。一体」
言いながら、彼女の横を通り過ぎて窓も閉める。少し暑くなってきた空気がこもってじめッとするが、そんなこと今はどうでもよかった。ついに、この人の謎が分かる。
この胸の高ぶりが、具体的に何に対しての物かはうまく説明ができないが、この部活に対して誤魔化していた色々な感情が動き出すことだけは直感的に理解できた。