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帰りがけに肉とその他必要品を購入した。お披露目は参加できないが、今日は一人ひっそりとお祝いしようと鼻歌をしつつ、砂利ばかりの雑な整備がされた道を歩いて行く。
エリカの家はこの道の先、町と森の境にある。森には少数だが魔物が生息しているので、彼女いや彼以外誰も住んでいない。
彼自身、こんな生活をしているので魔物の脅威はあるが、誰も来ないのはありがたかった。
「退魔の魔法石のストックも買ったし、今日は良い事ばっかだな」
今までで一番出来のいい作品と報酬の大金。その金で普段食べられない良い肉を購入できた。それに、ここに住んでいる以上、高くても必要な魔物除けの魔法石も購入したが、それでもお釣りがきたくらいだ。
これで鼻歌をするなという方がおかしい。ふんふんと適当に歌い今日は何をしようかと考える。
あのワンピース用に複数の図案を書いていたいたことだし、それを使って小遣い稼ぎの刺繍でもハンカチに施しておこうか。いや中途半端で放置していたレースを仕上げるのもいい。
いやいや、今回のように全て洗濯してしまうと着る服がないことが判明したので、母の形見の服を自分用に仕立て直しするべきか。ただ既に身長は母をゆうに越しているので、仕立て直しにはかなり生地を足さなければならない。
「やっぱし限界だよな……」
ひらひらと足の動きに合わせ揺れるスカートを見下ろし、エリカは「はぁ……」と重い溜息を吐き出す。
もう十七だ。身長だってフリッチには及ばないものの、アルジとは同じかそれより少し高いくらい。体格も年々がっちりしたものになってきて、誤魔化すのも苦労する。
幼少の頃は女の子のように高い声だったそれも、声変わりでがらりと違ったものになった。
声変わりの時期に、魔物に襲われ喉に傷を負い声が出ないと偽らなければ、声だけで性別がバレそうだと感じたほどの変わりように、多少ショックを受けたなど誰にもいえなかった。
それに成長過程での変化に戸惑いショックを受けていた自分。そのショックを自覚してさらに落ち込んだのも一因だった。
別に自分の性別に嫌悪感があるわけでもないし、自分自身男だと自覚している。
それでも物心つく前から女の子の服を着て、女の子のような仕草をすることが当たり前だったので、日々変化していくそれらに戸惑いどうすればいいのか悩んだものだ。
いっそのこと男でしたとばらしたい。しかし今まで女として過ごし、扱われてきたため町の皆の反応が怖い。嫌悪され避けられるのは仕方ない。けれども、昔のように異端者として迫害されたくはなかった。
あまり記憶にはないが、ここに流れ着く前に受けた暴力はいまでも脳裏に浮かぶことがある。
母親や自分よりも大きな体格の大人たちが、よってたかって殴りかかってくる恐怖。幼い自分を庇いその暴力から守ろうと必死な母。その度「大丈夫、大丈夫よ」とボロボロになりながら笑う姿は、幼心に傷を残した。
だからだろうか。昔から大人の男が近くにいると体が強張ることがある。
一応、ここに来てから世話になっている元町長と雇先のフリッチには多少平気にはなったが、それでも不意打ちで近づかれると軽く体が硬直してしまうこともしばしばだった。
同じ大人でも女性とはそれほど緊張しないは、きっと母と同じ女性だからだろう。母と同性であればそれほど強張ることはない。それに怖い対象ではあったが、彼女たちは暴力よりも暴言で自分たちを迫害していたからだ。
「世話になっている手前、気軽に出ていきますなんていねぇしな……」
今すぐに恩を返せない程彼らには世話になりっぱなしなのに、「じゃ!でていきます!」なんて気軽に言えるほど恩知らずではない。そもそも、そんな勇気もない。
結局堂々巡りの考えに、再度重苦しい溜息を吐き出し、取り合えず今日はそのことはよそに置いておこうと考えることを放棄した。
「こういう時は、腹いっぱい食って好きなことする!……ん?」
誰も寄り付かない雨でぬかるむ砂利道。あるのは鬱蒼と茂った木々と雑草、そして少し離れて川が流れているだけ。鳥の囀りと風で擦れる木の葉の中、か細い何かが聞こえた気がして足を止めた。
耳を澄ましてみるも、何も聞こえない。気のせいかと再度歩き出したその時、道の下、川が流れているあたりから呻き声のようなものが聞こえエリカがぎょっと目を見開く。
もしや町の誰かが転落し、川に落ちたのか。普段誰も近づかないと言っても、ゼロではない。山菜や自生する果物といった森の恵みを採りにくる住民も少なからずいる。
昨日まで雨だったこともあって、ぬかるみに足を取られたのかもしれない。
この川は長い年月を経て複雑な形状をしているため、緩やかな流れと激しい流れが入り混じっている危険な所だ。
それは町の人たち皆知っていることなので、わざわざこんな日に森に入るバカはいないはずなのだ。ましてや、雨上がりで増水している川があるのに。
「くっそ!今日はいい日じゃなかったのかよ!」
こんな所を通るのは自分くらいだし、他に誰も助けになど来ないだろう。
見捨てる選択肢などエリカにはあるはずもなく、手荷物を乱暴に投げ捨てると勢いよく川に向かって崖を下った。