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15 執事


「彼女……いや彼は大丈夫なのか?」

「はい。過度のストレスで気を失ったようですが、呼吸は安定しております」


 気を失ったエリカの様子を確認し、クロエ子爵家執事ブルームは頷き返した。

 こうして見ても女性のように整った顔立ちで、調べなければ男性だとは分からない美貌の持ち主だ。

 ただ抱きかかえている態勢のため、感触や身体つきは女性とは違ってやや骨っぽいように感じる。今まで正体がバレなかったのは、声を出すことを控え、服装で身体的特徴を隠していたからなのだろう。

 調べによれば、彼は今年で十七だという。この歳でここまで隠すのは、並大抵のことではなかったことだろうと思うと、なんとも居た堪れない気持ちになってしまう。

 

「しかし気絶してしまうとは、私はそんなに恐ろしかったのだろうか……」

「いいえ。おそらく過去に受けたトラウマが蘇ってしまったのかと……。

申し訳ありません。事前に報告書のことをお教えしておくべきでした。私が浅慮だったために、大事なお客様に心労を与えてしまいました」


 子爵夫妻が娘の恩人の礼を雇用とするのはどうだろうと相談を受けた時、ブルームは一度待ったをかけていた。

 恩人たる人物のことは調べてはいたが、たった二週間足らずでは、詳細とまではいかないものだった。

 そのため、雇用するのであればきちんと調べるべきだと進言したのだ。

 リーラの話では、世話好きで様々な事を教えてくれた、とても親切でいい人だという。

 だがそれは彼女の主観に基づくもので、多方面から見てもそうなのだとは言い切れない。裏に別の顔を持っている可能性もある。恩人と言うだけで、無暗に信用してはいけないと言い募った。

 他にも慎重になるのには意味があった。今回騒動の発端になった子爵令息の件だ。

 良い印象を得て婚約者になった子爵家令息が、突然破棄を言いだした。

 これまで穏やかだが、確実に仲を深めていっていると思われた最中の暴挙に、子爵夫妻は大層驚き、事の詳細を急ぎ調べた。

 そこで分かったのは、子爵令息は確かに優しい性格の人物で、物腰も穏やかだが、考えて動くことが苦手だということだった。優柔不断で流されやすく、人の言うことを疑わない。それが子爵令息の真の姿なのだと知った時には、全てが遅かった。遅すぎた。

 だからこそ、刺繍の腕がよくとも、娘が懐いているというだけの理由で雇用するのは如何なものかと、子爵夫妻に進言し、それを受けた子爵の命令で恩人の生い立ちや背後関係を洗うことにした。

 そして一か月でそこそこ情報は集まった。しかし、この情報を事前に夫妻に見せ良いものか迷い結果、面会後に渡すことにした。だが、今思えばその時渡しておけばよかったのだ。

 女性と思っていた人物が実は男性であり、過去に迫害を受け男性恐怖症であると知っていれば、無理に話を進めることも、気絶することもなかった。

 しかし、男性である以上、針子としても侍女としても雇うことはできない。それに夫妻は彼の境遇に同情し、針子や侍女ではない、別の雇用を手案してしまう恐れがあった。

 それは今まで必死に隠してきた彼の努力をムダにする事でもあり、彼の針子としてのプライドを傷つけることでもある。

 だからこそ、面会後に彼のことを話そうと思っていた。先入観なしで見た彼の人なりと、報告書から得られた情報など合わせて判断してもらいたかった。

 だが、夫妻は殊の外、彼を気に入ってしまったようで、どうにか針子か侍女に出来ないかと説得し始めてしまう。

 結果、別の方法で針子として雇う提案を出さざるを得なかった。その結果がこれだ。

 長年クロエ子爵家の執事として仕えてきたというのに、なんたる失態。

 少々落ち込んでしまう。だが、それは自身の矜持が許さない。そんな素振りは見せることなく、ブルームはエリカを抱きかかえ立ち上がった。

 

「旦那様、エリカ様を客室にお連れしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。それと口の堅い医者と侍女の手配も頼む」

「承知いたしました」


 エリカを心配しながらも、肩を落とす夫に夫人が労わるよう背中に手をあてている。

 それを見ながら一礼し、ブルームはエリカを客室に運ぶため、応接室を出ていった。


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